第66話 ささやかな祝杯
突発イベントによる騒動が一応の収拾を見たのは、それから一日後のことだった。
大仏を片付けた後も、体力の続く限り街の治安維持のために奔走した俺たちは、諸々の疲れを取るために一日休息を取り、今また打ち上げをするために俺の家に集合していた。
「「「「乾杯!」」」」
俺たちは掛け声とともに鎌倉サイダーの入ったコップを、重ねる。
テーブルには、肉料理を中心とした豪勢な食事が並んでいた。
「いやー、今回も大変だったけど、何とかなって良かったな」
俺はそんな毒にも薬にもならない感想を述べた。
だけど、それは本心だった。
もちろん、被害が皆無という訳ではなかったが、人的な被害は大型台風の直撃と同程度のものに抑えられていた。
「そうだねー。でも、もうちょっとみんな私たちのことを誉めてくれてもいいのにー」
七里が不満げに唇を尖らせて、居間の方にちらりと視線をやった。
そこに鎮座するテレビでは、ワイドショーが、今回の騒動についてさかんに取り上げている。しかし、そこに俺たちのギルド名が取り沙汰されることはなかった。
ニュースの主眼は、今回の騒動の影響と、被害状況を伝えるのが優先で、誰が解決したかなんていうのは『冒険者により鎮圧されました』の一言で済まされてしまう。『消防により鎮火されました』、『警察により逮捕されました』と同じだ。
そもそも、全国的に『宗教施設の乗っ取り』は発生しているし、大仏関連で言うなら、奈良のそれの方が、扱いがずっと扱いが大きい。なんせ、向こうの大仏は鎌倉のそれより全然でかく、それだけに被害も甚大になってしまったようだから。鎌倉の大仏などはおまけ扱いである。
「仕方ないよ。お姉ちゃん。それだけ、私たちが鎌倉を良く守れたってことだと思おうよ。ニュースになっているのは、被害が大きいところばかりだから」
由比が七里を慰めるように肩に手をのせた。
「うー、でも、これじゃあただ働きだよー。せっかく、お義兄ちゃんが『英雄』になってくれるチャンスだと思ったのにー」
「なんだそりゃ。俺は別に英雄になんかなりたくないぞ。なりたいのはお前だろ」
俺は七里に苦笑する。
「ううん。私はお義兄ちゃんに英雄になって欲しいんだよ」
七里が思いのほか真剣な口調でそう言った。
俺はてっきり、七里が「てへへー、ばれたかー」とか言って舌を出してくると思ってただけに、その反応に面食らう。
「どういうことだ? そもそも、お前は目立ちたいから、ずっと冒険をしたがってたんだろ?」
俺の疑問に七里は答えず、寂しげに微笑んで下唇を噛みしめた。
七里が嘘をつく時の仕草だ。
一体、こいつは何を考えているんだろう。
そもそも、冒険をしたいと言い出したのは七里だ。この愚妹が無茶に敵に突っ込んでいったり、分不相応なクエストを受けようとしたり、アホなことを散々してきたのは、身の程知らずの英雄願望を抱えているからだと思っていたのに。
「ま、みんなにとってはどうかは知らないが、少なくても俺にとってはお前は『英雄』だぜ。アミーゴ。そして、商店街の人たちも『ザイ=ラマクカ』には感謝してくれてる。だろ?」
石上が、食卓の上に並ぶ料理を見渡して言った。
俺たちは特に誰にも報酬を要求していないのだが、商店街を守ってくれたお礼として、サイダーやハムをはじめとして、たくさんの日用品が付け届けられていた。
おそらく、石上経由で肉屋の恵美奈さんに今回のことが伝わり、そこから商店街の人の耳に入ったのだろう。
「つーか、これ、ウチらにっていうよりは、石上に個人的に礼をしたかったんじゃないの。その恵美奈って子が」
瀬成が石上をジト目で見た。
言われてみればそうだ。一応、お礼は商店街の連名なのだが、よくよく見れば、届けられた物の肉率が以上に高い。瀬成の言う通り、商店街の連名を装った、恵美奈さん個人からのお礼という可能性がある。
「はっはっは。そんな訳ないだろう。だって、俺は肉が食えないんだから、俺個人への礼としては肉が多過ぎじゃないか」
石上はそう一笑に付して、合成大豆のハンバーグを口にした。
「全く、どうして男の人はこんなにも女心に鈍感な人ばかりなのでしょうか。ねえ、兄さん?」
由比がそう言って俺の方に意味ありげな視線を投げかけてきた。
何だ。
俺が鈍感だとでも言いたいのだろうか。
石上よりは女心が分かっているはずだ! とは断言できない。今まで彼女が出来たことがない俺には、女心に対して何か言う資格はないのだ。
「――っと。そういえば、石上、家の方は大丈夫なのか? 破門、許してもらえたか?」
俺は強引に話題を転換する。
「いや、まだだぜ。そんな簡単に許されるようなら、破門の意味はない。そもそも、俺は間違ったことをしたとは思ってないしな」
「そうか……、でも、大丈夫か? まさか、罰として高校を辞めさせるとかはないよな?」
「ああ、そこまでは心配ない。寺を破門になったのは、『如庵』だからな、親父的には僧としての俺は見限っているだろうが、最低限の生活くらいは保障して貰えるよ」
「でも、あの人、仏道に入るためには家族を捨てるのも当然だって言ってましたよね。そんな親、信用できるんですか?」
由比が不信を滲ませて言った。
「そこらへんの説明は難しいんだがなー、親父としては俺のことを息子として扱う訳にはいかないが、かといって、意図的に冷遇するのもそれはそれで『執着』なんだよ。だから、最低限の保護はするんだ」
「意味わかんない。つまり、金は払うけど、無視するってこと? それはそれで屑じゃね?」
瀬成が吐き捨てる。
その言葉に、由比が表情を曇らせた。由比の境遇と重なる所があったのだろう。見ているこっちがいたたまれない。
「それも違うんだよなあ。『無視』っていうのは、意図的にそいつのことを嫌って存在をいないものとして扱うってことだろ。親父のはそうじゃなくて、もっとこうこだわらないんだ。あるがままにするってことさ。そこに好悪の感情はない」
「全然わからん」
俺は首を振った。
ガチ僧侶の説法は、一高校生には難しすぎる。
「ははは、ま、そうだろうな。とにかく、生活には支障がないから気を使わないでくれ」
石上は気丈に笑う。
「そうか。石上がそう言うならそれでいいけど……。なら、お前のギルド加入はどうする? あの時は石上をギルド本拠地である俺の家に移動させる必要があったから、咄嗟の判断でお前を半ば無理矢理に『ザイ=ラマクカ』に加えてしまった形になってしまっただろ? このままでいいのかって思ってさ」
もちろん、俺としては石上がギルドに入ってくれるのは嬉しい。だけど、それはあくまで石上本人の意志なのかはきちっと確認しておかなければいけない。
「ああ。むしろ、改めて頼むよ。俺をこのギルドに入れてくれ。俺は、お前らと冒険をしながら、俺なりの悟りの道を探したい」
石上がはっきりとした口調でそう宣言する。
「わかった。俺としては何の異存もない。みんなはどう?」
他のギルドメンバーを見渡す。
皆が微笑みを浮かべて頷く。
「よしっ。決まりだ。じゃ、今からこの打ち上げは石上のギルド加入歓迎会ってことで」
俺は手を叩いて、この喜ばしい集いにふさわしい名前を与え直す。
「了解。つーことは、もう一回乾杯っしょ!」
瀬成がグラスを掲げた。
俺も含め、皆がそれに倣う。
「みんなありがとう。何だか照れるな」
石上はそう言って髪のない頭を掻き、一つ一つのグラスに丁寧に彼のそれを重ねていった。
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