第65話 うたかたに消ゆ

「一分後に、接敵するように速度を調整するぞ。とりあえず、ソナーに映ってる限りでは一番でかいモンスターだ」


 漁師の人が、険しい口調で言った。


「ん……、大和。できたよ。ウチは釣り具が専門じゃないから、どこまでちゃんと使えるかわかんないけど」


 瀬成が立派な釣り針へと生まれ変わった豪突を差し出してくる。


 刃の部分は適度な角度の曲線を描き、先端は矢印型でちゃんとした『返し』がついていた。


 瀬成が、携帯用高炉を使って即席で加工してくれたのだ。


「ありがとう。瀬成。十分だよ。……ごめんな。せっかく作ってもらったのにすぐダメにしてしまって」


「別に気にしなくていいし。そもそも、刀っていうのは消耗品なんだから。使い倒してなんぼ」


 瀬成はそう言ってくれたが、その横顔はやっぱりどこか寂しそうだった。


 いくら使い倒すといっても、刀の本来の用途は違う使われ方をしたら、気分がいいものではないだろう。


「埋め合わせはするから」


「マジでそんなのいらない。それより、『豪突』のことを大事だと思ってくれんなら、絶対作戦を成功させて」


「ああ」


 瀬成の意志の強い瞳が、俺に気合いを注入する。


 船尾に立って、今はただ碧く揺れるだけの波間に向き合った。


『縫い止め!』


 俺がスキルの名を叫べば、飛び出たロープが大仏の首に絡みつく。


「いざとなったら、お前のことは命に換えても俺が守るぜ。アミーゴ!」


 腕に『身代わり人形』をくくりつけた砂袋を抱えた石上が、熱気を込もった声で呟いた。


 近くには、同じようにバラストを括りつけた人形をいくつも用意してある。


「いや、換えるな! それを投げろよ」


 思わず突っ込んだ。人身御供は俺の作った人形で十分だ。


「私とお姉ちゃんのことも忘れないでください。しっかり兄さんをサポートしますよ」


「いざとなったら、私と妹ちゃんでアレを倒しちまっても構わないよね!」


 戦闘モードの由比と七里が意気込む。


「来るぞ!」


 漁師の人が叫ぶ。


 巨大な黒い影。


 刹那、海面が隆起した。


 影が跳ねる。


 身体の大きさは中型の鯨ほどもある。胴長でウミヘビのようだが、その身体には一対の巨大なヒレがついていた。目も鼻もない。


 敵の先制攻撃。


 大きな溜めを作って、ヒレが叩きつけられる。


「大嵐の旋風!」

「大回転切り!」


 由比と七里が同時にスキルを発動し、完全なタイミングで敵の攻撃を迎撃する。


 二人の攻撃で傷ついたヒレを引っ込めた敵は、跳びはねた勢いそのままに、俺たちを船ごと呑み込もうと、ブラックホールのような巨大な口を開いた。


「蜂の一刺し!」


 俺は一歩踏み出して、巨大な釣り針となった『豪突』を上に振り抜いた。


 グチュ!


 確かな手ごたえ。


 針がモンスターの上あごに突き刺さる。


 敵が身体を高速でくねらせ、痛みを表した。


 俺は『豪突』から勢い良く手を放す。


「行くぜ!」


 石上が一つ目の身代わり人形を投下する。


「出してください!」


 俺は叫んだ。


 船が全速力で出発する。


 同時に海面に着水した敵は、まだ人形が沈み切らない内から、本能のままにそれを飲み込んだ。


「おらよ!」


 石上が二つ目の人形を投げ入れた。


「ダメです!」


 由比が悲痛な声で叫ぶ。


 また沈まない内に、敵は二体目に追いついた。


 人形が喰らわれる。


「思ったよりも敵が速いよ! お義兄ちゃん!」


「わかってる!」


 俺は苛立たしげに吐き捨てた。


 ある程度人形が沈み切ってくれないと、当然、モンスターも潜ってくれない。


 しかし、敵が泳ぐ速度なんて、実際に試してみるまでわからないんだから仕方ないじゃないか!


 バシャバシャバシャ!


 瞬間、敵モンスターが急に進路を変えた。


「助かった」


 俺はほっとして、モンスターが向き直った方向を見る。


 その先にあるのは――、逃げ出さずにいてくれた二艘の船。


「全く、無茶するな」

「本当に、若さ故の特権ですね」


 デバイスから苦笑めいた笑いが漏れる。


「助かりました」


「ま、これくらいならな」


「じゃ、『身代わり人形』いくぜ!」


 モンスターが離れて行くのを見計らって、石上が三投目を繰り出した。


 今度こそ、余裕を持って人形が深海の底へと沈んでいく。


「すみません。人形からできる限り距離を開けてください、あ、でも大仏からはあまり離れないで」


 漁師の人に頼み込む。


「おう」


 人形から俺たちの船がどんどん離れて行く。大仏を円の中心にして、ぐるりと回転する感じだ。


「もうすぐ私たちの『案山子』が切れます」


 向こうから報告がくる。


「ありがとうございました。七里。じゃあ、今度はこっちの番だ」


「おっけー。『案山子』」


 七里のスキルで、再びモンスターがこちら側に向かってくる。


 途中まで海面辺りを這うように進んでいた敵の姿が失せる。


 俺たちが人形を投げ入れた位置だ。


「やりましたよ! 兄さん!」


 由比が歓喜の声を上げた。


「大仏が沈んだよ!」


 七里がはしゃぐ。


 大仏は今や、その頭を海面の下に埋めていた。


 溺れた人間のように、手の指先だけを上に出して、必死に足掻いている。


「よしっ。じゃあ、最後の仕上げだ。石上、思いっきりぶん投げてくれ」


「おうよ!」


 石上が人形(バラストなし)を手にして振りかぶる。


 鍛えられた強肩が30m先に人形を導いた。


 ビービービー!


 海中を通過して薄くなったビームが、人形を焼く。


 ブクブクブクブクブクブクブク。


 同時に、大仏の頭上に湧き立つ泡。


 パカっと開いた額の突起から、海水が流れ込んでいるのだろう。


 こうなればこっちのものだ。一度、海水に穴を晒してしまいさえすれば、あの大仏に抗う術はない。


 『縫い止め』の効果が失せ、縄がほどける。


 それでも、大仏が浮き上がってくることはなかった。


「作戦終了です! 帰りましょう!」

 俺は叫んだ。


 船が一斉に回頭し、一目散に港を目指す。


「やったぜ! やったぜ! 俺たちは鎌倉を守った! なあ、アミーゴ!」

 石上が喜びに任せて、俺の背中をばんばん叩いてくる。


「ああ……やったな」

 俺は大きく息を吐きだして、大仏がいた場所を見つめた。


 無限に湧き続けるかとも思われた泡は、徐々にその勢いを失い、やがて、波間に消えた。



 Quest completed


 討伐モンスター

 ゴブリン:(23)

 ゴブリンメイジ(12)


 戦利品

 ゴブリンの耳(35)


 報酬

 なし

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