第27話 由比のお願い
「そろそろ寝るか」
自室の机に向かってやる編み物に一段落ついた俺は、あくびを一つして作業を中断する。デバイスのアプリで明日の目覚ましを設定した。最新のアプリで、起きたい時間をセットすると、俺の睡眠の深さを測って寝覚めの良いところで起こしてくれるやつだ。七里には……なぜか効かないが。
コンコン。
俺がベッドに向かおうと椅子を立ち上がった時、控え目なノックの音が聞こえてきた。
「どうぞー」
「失礼します……」
パジャマ姿の由比が静かに戸を閉めて、中に入ってきた。モスグリーンのパジャマを着て、胸に棒状の枕を抱いている。
「どうかした?」
俺はそのままベッドへと進み、弾力のあるそれに腰を下ろす。
「え……と、その。ちょっと、兄さんにお願いがありまして……」
由比はそこで言葉を区切り、脚をこすり合わせてもじもじとしだす。
「うん、なに?」
俺は頷いて先を促した。
「その――私と寝てください!」
由比は意を決したように目をぎゅっと瞑って言う。
「ふぁっ!? ……え、あ、その、俺と一緒のベッドで眠りたいってことだよね? ははは」
俺は乾いた笑みを漏らす。『寝る』という単語に脳内をいくつかのピンク的妄想が駆け巡ったが、慌てて平静を取り戻した。
「? それ以外にどういう寝るがあるんですか?」
由比が首を傾げる。
「いや、その、でも、どうして? ベッドが壊れでもした?」
「いえ……そういう訳ではないんですけど。お姉ちゃんから、昔の話を聞いて羨ましくなってしまって」
由比はそう呟いて頬を染める。
「昔の話?」
「はい……昔は兄さんと一緒に寝てたって、言ってました」
「ああ……うん、そういえばそんなこともあったかな。でも、それ、冬の間限定だよ?」
昔といっても、つい数年前の、七里が小学生の時分の話だ。七里は寒がりな癖に「エアコンは身体に悪い」とか年寄りみたいなことを言って、俺のベッドに潜り込んできていた。どうやらあいつは俺を湯たんぽか何かと勘違いしている節がある。それが止んだのは、俺が七里のあまりの寝相の悪さに、部屋から叩き出したからだ。
「でも、寝てたんですよね?」
由比が一歩こっちに歩み寄る。
「うん……だけど、それは七里が小学生の時の話だし……」
「でも、寝てたんですよね?」
由比が繰り返してさらにこちらに詰め寄ってきた。
「え、と、その……」
俺は言葉に窮した。七里ならともかく、由比と一緒にベッドに入るというのは、やばい。理性的にも倫理的にも。
「お姉ちゃんが一緒に寝てたんだったら、妹の私は当然、兄さんと一緒に寝る権利があるはずです……だめ、ですか?」
ついに俺の眼前まで迫った由比が、顔をぐいっと近づけてくる。潤んだ瞳に長い睫毛が瞬いていた。
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