第86話 希望を喰らうモノ

「魂の玉壁!」


 プドロティスの一撃で抉れた大地に、仁王立ちになったロックさんが雄々しく叫んだ。


 それが、全ての始まりの合図。


 空に残存する100台を超えるモービルが、一斉にプドロティスに殺到する。


 クゲエエエエエエエエエエ!


 直後、プドロティスが、一際甲高い声で咆哮した。


 バサバサバサバサバサ!


 どこにその身を隠していたのか、プドロティスの鳴き声に応えるように、突如、大空に羽ばたき立つクック、テラクック、かぎ爪鳥の群れ。その他、ロックさんの『魂の玉壁』の範囲外にいた飛行属性の下級モンスターの全てが一斉に乱入し、その身を呈して俺たちの進路を妨害してくる。


 モンスターの群れに捕まったモービルが、次々と脱落していく。冒険者はともかく、初級冒険者レベルの力しかない操縦者の方が、猛攻に耐えきれないのだ。


 潰されたモービルに群がっていた一団から、俺たちの方にも、十対ほどのモンスターが流れてくる。


 薙ぎ、刺し、払う。


 モンスターの鮮血が、頬に、剣に、服に、べっとりと張り付いた。


 さすがに、ラスボスは甘くない。


 それでも俺はこの状況に希望を見る。俺たちは奴に『脅威』として認識されたのだ。少なくとも、眷属たちを使って対処しなければならないと考えるほどには。


 何とか雑魚たちの妨害をくぐり抜けた総勢約80台が、やっとのことでプドロティスを射程圏内に捉える。


 プドロティスは、低空でホバリングしながら、ありとあらゆる攻撃をロックさんにぶつけていた。


 運良く敵の妨害を受けることなく一番早く敵に辿り着いた『石岩道』の冒険者が、プドロティスの死角となる背後から正面に回り込もうとする。


 瞬間、プドロティスが、ロックさんを狙い、尻尾を回転させた一撃を放った。その副産物として発生した、抉られた地面から跳ね上げられた大岩が、モービルを直撃する。


 後に続こうとした冒険者たちが、ひるんだようにプドロティスから距離を取る。


 先程の一撃は、ただの偶然か。それとも、意図してのものか。


 おそらく、後者だろう。


 プドロティスは、「『魂の玉壁』を使ったプレイヤーを優先的に攻撃しなければならない」という最低限のゲーム的なルールに逸脱しない範囲で抵抗してきたのだ。やはり、ドラゴン族は他のモンスターと比べると、相当に知能が高い。


「焦るな! プドロティスは手強い! 皆が集まるのを待って、一斉にかかれ!」


 ロックさんの怒声が響いた。


「ですが、岩尾兄さん! こちらに迫っている雑魚モンスターの数が多すぎます! 全員が集まるのを待っている余裕はありません!」


 礫ちゃんが叫び返す。


 見れば、あちこちに分散してモービルを襲っていた雑魚モンスターたちが合流し、まるでもう一匹ドラゴンが出現したような黒い塊となって、こちらに向かってくる所だった。


 よし。


 それなら――


「雑魚は俺たちが引き受けます! 俺の『縫い止め』で一網打尽にしますから、範囲攻撃を使える高レベルの魔法使いを一人、俺たちに回してください! まとめて雑魚を片付けられるように!」


 初めて現実で発動した俺の『縫い止め(網)』は、クック二匹にも手こずるくらいの弱さだった。


 だけど、今は『拡大』がある。


 使っている糸だって、エルドラドゴーレムから手に入れた最高級の『至鋼』製だ。

 俺の腕だって、少しは上がっている。もはや、あの時のような醜態は晒さない。


「了解だ! 頼んだぜ! 兄弟! 純! お前が援護しろ! 後、礫! お前も行け! おそらく、一発じゃ仕留めきれないだろうからな。スキル短縮の魔法が使えるお前がいた方がいい!」


「はい!」


 ロックさんの命令を受けて、礫ちゃんと、もう一人の冒険者の男性が俺の方に向かって飛んでくる。


「これから雑魚モンスターの群れに突っ込むぞ! 七里。プドロティスを巻き込まない程度の距離まで離れたら、『案山子』を発動して俺の後ろにつけ!」


「わかった!」


 俺を含め、計七台のモービルが、プドロティスから、百メートルほどの距離を取る。


「案山子!」


 七里のスキルが発動し、俺の背中に隠れた。


 黒い悪意の群れが、俺たちを物量で押しつぶそうと迫り来る。


 80


 50、


 30


 ――10m!


 俺は目算で敵との距離を測り、ぎりぎりまで敵を引きつける。


「縫い止め!」


 先頭のテラクックのくちばしの太さが判別できるくらいの距離を見計らって、俺は巨大な網を放った。


 大猟となった網の中で、モンスターたちが暴れ回る。その数、およそ、群れの三分の二ほどほど。


 俺は腕がちぎれそうになる痛みをこらえ、必死に網を維持する。


「わふふー! ハンドルが重すぎですー」


 カニスが四苦八苦しながらモービルのバランスを取る。


「お願いします!」


「高潔なる炎の精霊よ。その煮えたぎる憤怒でもって、浮世の穢れを焼きはらえ! ファイアボール!」


 魔法使いの朗々たる詠唱が響き、捕われのモンスターたちを瞬く間に消し炭へと変える。


「はっ」


「てい!」


「南無三!」


 生き残ったごく少数のモンスターたちに、由比と瀬成と石上が、的確にとどめを刺していく。


 全て仕留めきってから、俺は一回、網を離した。燃えたゴミと化したモンスターが、大地の肥やしになる。


「悪いな。七里。俺の『縫い止め』のクールタイムが終わるまで、しばらく時間を稼いできてくれ!」


「わかってる! 任せて!」


 俺に言われる前から、七里たちのモービルはもう動きはじめていた。捕まえきれなかったモンスターの残りの三分の一を引き連れて、俺たちから離れて行く。


 俺は、次の『縫い止め』を仕込むためにアイテムコマンドをいじりながら、ロックさんたちの方を横目で見た。


 集まった戦力は七割~八割、後少しだ。


 俺は俺で、今出来る役目を精一杯に果たそう。


「礫ちゃんお願い」


「移り気なる風の精霊よ。その溢れる若き好奇によりて、ありし季節を疾くと巡れ ――スキルの使用に成功しました。これで、スキルの再使用制限時間が三分の一になります」


「ありがとう」


 案山子の効果持続時間は120秒。『縫い止め』のクールタイムが120秒×三分の一で40秒だから、計算的には余裕で間に合う。


「お義兄ちゃん! 準備はできた!?」


「大丈夫だ! 来い!」


 七里がUターンして再び俺の下にモンスターを連れてやってくる。


「縫い止め!」


 先程と全く同じ要領で、俺は残りの雑魚モンスターを確実に捕えた。


「恵みの地の精よ。汝は育む者なれど、ここに大地を汚す者あり。願わくばその静かなる鳴動にて、これを誅せ。サンドストーム」


 石の断片が、モンスターを容易く切り刻む。


 しぶとく生き残ったテラクックは、由比たちの餌食だ。


 今度こそ、倒しきった。


 これで雑魚はもういない。


 再びロックさんの方の状況を確認する。


 ちょうど、向こうも決戦の準備が整ったようだ。


「よし、みんな集まったな! 見ての通り、雑魚は兄弟が片付けてくれた! 一気に決めるぞ!」


 ロックさんの号令で、六十台を超えるモービルが、一斉に発進する。


「早く。岩尾兄さんに加勢しましょう!」


 礫ちゃんが急かす。


「ああ。行こう!」


 俺は頷いた。


 殺到する冒険者。


 プドロティスが、ロックさんを攻撃するついでとばかりに、その大口を開き、かぎ爪を振るい、尻尾を乱暴にばたつかせる。


 何人かの冒険者が脱落する。それでも、誰も諦めようとはしない。


 そうだ。プドロティスにだって限界はある。どんなに奴が強くたって、頭は一つ、尻尾は一本、前足は二本しかないのだ。


 間隙を縫って、プドロティスの腹に滑り込むモービル。


 屈強な男戦士が、弓を構えた。


 これなら――いけるかもしれない。


 そんなささやかな希望を抱いたその瞬間――


 グオググオンググググオン。


 プドロティスの全身から響く、不気味で独特な音律。


 そして奴は天空にその咢を向ける。俺たちが焦がれ、夢見たその逆鱗を、これみよがしな無防備さで星空に晒して。


 次いで、プドロティスの大口から怒涛の勢いで噴き出す、これまでのブレスとは比べものにならない粘質のヘドロのような靄。


「まさか、これは『邪竜の霧衣むい!?』 だめです! 皆さん! 逃げてください!」 


 礫ちゃんの警告に、全てのモービルが回頭する。


 しかし、全ては遅かった。


 プドロティスの羽ばたき一つで、濃縮された靄は一瞬で拡散する。


 人も、機械も、そして、舞い散る小雪ですら、みじめな石塊いしくれへと変わり、景色が味気ない灰色に塗り潰されていく。


 プドロティス希望を喰らうモノは待っていたのだのだろうか。


 俺たちが無様に集まって、餌となってくれるその瞬間を。

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