第85話 窮鼠の談合

 やがて、俺たちがプドロティスの後を追い、その巣があった出発地点に帰りつくと同時に、ようやく真紅の牢獄の収縮が止まった。


 グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 餌を失い怒り狂ったプドロティスの咆哮が、空を、大地を、そして、人のなけなしの覚悟を震わせる。


 最終的に俺たちに残されたのは、東京ドーム三つ分ほどの広さ。


 普段なら広いとも思えるその空間は、プドロティスを相手に立ち回るには、鳥籠に等しい意味しかもたない。


 目をつけた手近な獲物に狙いを定め、麻痺の効果を持つ魔眼と、石化のブレス、猛毒を持った尻尾の棘を巧みに使い分け、真紅の牢獄の境界へと追いつめていく。


「ひぎゃあああああああ」


 ついにかわしきれなくなった一台のモービルが、プドロティスのブレスをまともにくらってしまう。獣人のものとも、人間のものともつかない断末魔の叫び声が、星空に吸い込まれていく。彫像と化した一台と二人が、山の斜面に墜落した。


 石化は物理ダメージ無効。死ぬよりはマシかもしれないが、これじゃあ元も子もない。


 何とか最初の犠牲者になることを免れた俺たちは、命からがら木々の隙間に潜り込み、幹の間を縫うように進んだ。


「もうだめにゃー! きっとこれも精霊様の呪いにゃ! 夢を現実に持ち込んだからお怒りなのにゃー!」


 マオが乱暴にモービルを上下させながら、泣き言を吐く。


「マオー。落ち着かないとー。余計に死ぬ確率が高くなるだけですよー」


「そんなこと言われても無理にゃー!」


 カニスが冷静に嗜めるも、マオがぶんぶんと首を振る。


「お義兄ちゃんあれ!」


 七里が正面を指差す。


 見れば、三人を乗せたモービルが、俺に向かって飛んでくる所だった。


「兄さん! お姉ちゃん! 無事でしたか!」


「……よかった」


「色々、大変だったな。アミーゴ」


 俺の姿を確認した三人が口々に労いの言葉をかけてくる。


「みんなも、無事だったか!」


 俺もひとまずほっと胸を撫で下ろした。


「よう。兄弟! 礫共々、また世話になっちまったな! おかげで助かったぜ」


 続いて飛んできたのは、ロックさんを戦闘とする、石化から解き放たれた『石岩道』の面々だった。


 久々に会ったロックさんは、疲労のせいか少しやつれたようにも見える。


「いえ、そんな。むしろ、皆の死を早めてしまっただけかもしれないのに……」


 俺は首を振る。


「気に病むな! 兄弟! 例え、このまま滅びようとも、何も分からないまま死んでいくよりはマシだぜ!」


「ええ。それに、鶴岡さんたちを巻き込んだのも、MPKをするという作戦と立てたのも、全ては私の立案です。この場で唯一責められるべき人間がいるとすれば、それは私でしょう」


 礫ちゃんが自罰的な口調で呟く。


「そんな礫ちゃんは――」


「わふっ!」


 歴ちゃんを慰めようと口を開いた俺の眼前を、巨木が通過する。


 プドロティスの羽音が聞こえてくると共に、強風が身体に吹き付けた。


 山に一本の筋をつけながら、プドロティスがこちらに向かってくる。


 どうやら、さっきの巨木は、プドロティスが暴走して尻尾で抉った大地の一部が、こちらに跳ね飛ばされてきた物のようだ。


「固まってると危険だ! 分かれるぞ!」


「はい!」


 言葉を交わす余裕さえ与えられず、俺たち『ザイ=ラマクカ』と『石岩道』は上空へと舞い上がり、別方向に散った。


 プドロティスは、迷わず『石岩道』の方に飛んで行く。


 どうやら、敵は人数の多い方を優先したらしい。


 俺たちは、反撃を恐れるような存在ではなく、ただの『狩り』の対象に過ぎないとでも言うのか。


 しかし、『石岩道』もさるもの。空中戦にも関わらず、見事な前衛職と後衛職の連携で、プドロティスの注意を逸らし、ターゲットを一つに絞ることを許さない。


 れたプドロティスは、『石岩道』を離れ、別の一団に向かっていく。


「にゃにゃにゃ。通信にゃ! 男衆から伝令が来たにゃ」


「わふうー。私のところもですー」


 マオとカニスがほぼ同時に叫んだ。


「伝令? 内容は?」


「こうなったら総力戦にゃ! みんなで力をあわせて、プドロティスに突撃するにゃ! 伝説みたいに精霊様のご加護で、プドロティスの逆鱗に辿り着く奇跡が起こるかもしれないにゃ!」


「わふうー。言いにくいんですけどー。私たちエシュ族はー。なるべく人間さんたちに、プドロティスをなすりつけてひたすら時間を稼ぐつもりみたいですねー」


 ほぼ真逆の二人の意見が、重なり合うように耳朶に響く。


「にゃにゃにゃ! そんなの卑怯にゃ!。大体、カニス以外のエシュ族は色んなことにびくびくしすぎなのにゃー!」


 そういえば、エシュ族のモービルにはほとんど冒険者が同乗していない。ロックさんに協力してるのも、俺たちのモービルを操縦してくれてるのも、ほとんどがマオのところの種族だ。 


 仲の良いマオとカニスを見てると見た目以外は種族の違いを感じないないのだが、どうやら、アコニ族とエシュ族には、風土に違いがあるらしい。そういえば、カロン・ファンタジアにも猫型の獣人は好奇心旺盛で解放的、犬型の獣人は警戒心が強く閉鎖的という設定があったけ。


「でもー。アコニ族もー、この状況で特攻なんてー。折角、助かった命を無駄にする愚行ですよー。それにーなすりつけると言えば聞こえは悪いですけどー。人間さんたちも同じことをすればー、要は持ち回りでプドロティスを押し付け合って時間を稼ぐっていうだけですしー」


「そんなことをしてもジリ貧になるだけにゃ! あれを見るにゃ!」


 マオが顎でしゃくった先では、四台のモービルを、プドロティスの翼が包み込まんとしている所だった。


「うわあああああああああああああ」


 メキョ。


 破れかぶれにプドロティスに突撃して行った一台が、嫌な音を立てて、空に鮮血の花火を咲かせた。


 残りは物言わぬ石となって、地面に突き刺さる。


 ヘイト管理に失敗して逃げ切れなかったのか。


 思わず顔をそらした視界の端に届く、ロックさんからの映像つきのコンタクトを、俺はすがるように開いた。


「兄弟! 俺たち、『石岩道』は、これから、プドロティスの逆鱗を狙って、一斉攻撃を仕掛けることにした。たった今、アコニ族の協力もとりつけたぜ。兄弟たちも、この作戦に参加してくれないか!? このままじっとしていても、待つのは死だけだ!」


 ロックさんが興奮した様子でそうまくし立てる。


「待ってください! 本気ですか!? 『逆鱗』はもっとも狙いにくい顎の下にあるんですよ! しかも、その大きさはせいぜい直径10cmくらいです! しかも、敵は飛んでいる上に、俺たちはもう、ゲーム時代みたいな都合のいい自動照準(オートエイム)は使えないんですよ!」


 作戦に参加するのが嫌な訳ではない。だけど、あまりに無謀な作戦にメンバーの命を賭けることは、ギルドのリーダーとしてできなかった。


「ああ。わかってる。確かにこのままの状況で突撃して、プドロティスの逆鱗を突ける可能性は、サハラ砂漠から一本の針を見つけ出すよりも低いだろうな。だが、仮にプドロティスの位置が固定されたとしたならどうだ? 『不可能』から『奇跡』を期待できるくらいには、難易度が下がるだろう」


 そう言って、ロックさんは不敵に笑った。


「まさか……ロックさん。また、使うっていうんですか! 『魂の玉壁』を!」


 俺は目を見開き、震える声で呟いた。


 あの秩父ダンジョンでエルドラドゴーレムにそうしたように、ロックさんはまた、自らの命を投げ出して、細い糸を手繰り寄せる程度のチャンスを作り出すつもりなのか。


「ああ。その通りだ」


 きっぱりとロックさんが言い切った。


 ロックさんの覚悟はわかった。


 作戦に成功の可能性があることも認める。


 それでも、やっぱり俺は無茶だと思う。


 魂の玉壁で引きつける程度で、プドロティスの逆鱗を突けるなら、ゲーム時代もとっくにそういった攻略法が確立されているはずだ。だけど、プドロティスの攻略動画を見た限りでは一件もそんな例は見当たらなかったし、噂話レベルですら聞いたことがない。


 もちろん、死=アカウント喪失というカロン・ファンタジアのシステムのせいで挑戦者が少なかったのかもしれないけど、ゲーム時代に成功しなかった作戦が、制約の増えたこの現実で通用するとは思えない。


「俺のとことの七里と、ロックさんを含む戦士職が、交互に『案山子』を使って時間を稼ぐ方法を試させてはもらえないでしょうか」


 抜本的な解決策にならないにしても、俺はもう少し時間を稼ぎたかった。

 ロックさんに無謀な作戦に挑んで欲しくはなかった。


「悪いが無理だ。石になってた間に、プドロティスに生命力を根こそぎ吸い取られちまってな。ポーションとかを使ったから一応、見かけの体力は回復してるはずなんだが、どうやら、スタミナみたいなものまではフォローできないらしくて、どうにも身体がだるいんだ。とても持久戦に耐えられる状況じゃない」


 いわば、何日間も寝たきりでやっと起き上がったような、病み上がりの状態に近いのだろうか。


「どうしても、決意は変わりませんか?」


「ああ。変わらない。でも、お前らにまで、作戦を無理強いするつもりはない。嫌なら、遠慮なく断ってくれていいんだぜ」


 ロックさんは、優しい口調でそう呟いて俺たちを気遣う。


 しかし、そう言われても、どちらにしろ、ロックさんに特攻されたら、戦士職を失って、俺の『案山子』を交互に使って時間を稼ぐという作戦は成立しなくなる。それ以外の対案を出せない以上、ここはロックさんの作戦の成功率をコンマ一パーセントでも上げるのが、今、俺たちにできる精一杯だろう。


「わかりました。……みんな、こういう状況になってしまった以上、俺はロックさんに協力するしかないと思う。いいかな?」


 俺と同じような思考をしたのだろうか。


 『ザイ=ラマクカ』のメンバー全員が、神妙な顔で頷いた。


「聞いたかにゃ! こうやって勇者様たちも覚悟も決めてるにゃ! マオたちも行くしかないにゃ!」


 ニャー!


 マオの呼びかけに、カニス以外のモービルの操縦者全員が、威勢の良い声で叫んで片腕を突き上げた。


 そういえば、カニス以外はマオと同じ部族だったか。


「どうにゃ! これでも、カニスだけ逃げるっていうのかにゃ!?」


「わふうー。わかりましたー。マオにはー。かないませんねー」


 カニスが悩ましげなため息をついて、肩をすくめる。


「にゃー! それでこそ、マオのカニスにゃー!」


 マオは嬉しそうに叫んで、喉をごろごろと鳴らす。


「本当にいいの? 部族のしがらみとか、あるんじゃない?」

 俺はカニスの耳元で囁く。


「大丈夫ですよー。幸いー、私はシャーマンなのでー、ある程度―、部族からは独立した立場での行動が許されてますからー。それにー、どちらにしろー、マオを一人にする訳にはいきませんからねー」


 カニスが諦めたように微笑を浮かべる。


「わかった。――ロックさん。聞こえましたか? そういうことで。『ザイ=ラマクカ』全員、作戦に参加します」


「そう言ってくれると思っていたぜ。兄弟! 作戦決行は三十秒後だ! 準備頼む!」


「はい!」


 俺は気合を入れるように腹から声を響かせると、瀬成に造ってもらった『白閃』を強く握りしめる。


 睨み付けたプドロティスの緑色の鱗が、俺たちの決意には全くの無関心に、禍々しくてかっていた。

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