第20話 義妹vs義妹志望

 今や、由比ちゃんの格好は、プリーストのそれでなく、立派な戦士然としたものに変化していた。全身を薄手で白銀の鎧で包んだ彼女が、雪の女王のように毅然と細身のレイピアを構える。


「そうです。さすがはお兄さんですね」


 由比ちゃんは艶然と微笑んで、その場で一回転する。

 

(クソっ、やっぱりステータスは見えないか)


 NAME:イザナミ

 職業:魔法剣士

 スキル:非公開

 装備:非公開


 慌ててデータを確認するが、大した情報は得られない。だが、見た目から大体の推測はできる。戦士の上位職の一つである魔法剣士、つまり、七里より上の力を持っている可能性が高い。装備は当然、由比ちゃんが装備できるくらいだから軽量で、当然、魔法の付加効果がついていると見ていいだろう。


「ど、どうして、由比がそんな上級職のアカウントを持っているの? そんなゲームをやる時間なかったはずでしょ?」


 七里は狼狽しつつも、棍棒を再びしまい、鞘の剣を抜いて構える。


「はあ。そんなこともわからないの? 『買った』んだよ。お金を出してね。ほら、うちの両親、お金だけはたくさん持ってるから、適当な理由をつければそのくらいのお金は貰えるの」


 なんと言っても鎌倉だ。所得がアッパークラスな世帯はごろごろいる。


「そ、そんなの邪道だよ! 本当のカロン・ファンタジアプレイヤーじゃない!」


 七里が剣を大上段に振りかぶる。


「そう? 別にどうでもいいよ。私にとっては、あのゲームは手段であって、目的じゃないんだから」


 一方の由比ちゃんは、右手に持ったレイピアを水平に構えて引き、刺突の構えを取る。


「おい! まじで、しゃれにならないって!」


 しかし、俺の制止は二人の耳には入らない。


 何とかして二人の戦闘を止めることを考えるが、全く良い策は思い浮かばない。そもそも、戦闘力は俺より二人の方が確実に勝っているのだ。例え、縫い止めを使ったとしても、どうしようもない。『傷つける』ことはできるかもしれないが、『止める』には圧倒的な戦力的優位が必要なのだ。


「だったら、私が由比を真っ当なゲーマーに矯正してあげる!」


「そう、じゃあ、私は七里ちゃんに本当の義妹の力を見せてあげるね!」

 こうして打ち合いが始まった。


 七里はひたすら剣を打ちこむ仕草を見せ、間合いを詰めようとするが、その度に由比ちゃんの突きに阻まれて思うように相手の懐に飛び込めない。大して由比ちゃんは余裕の笑みを浮かべて、七里をいなしている。


 二人の剣の長さは同じくらいだが、七里は三つの点で不利だ。


 一つは、攻撃にかかる動作が、由比ちゃんに比べて多い。由比ちゃんが攻撃するには、腕を引いて、突く。二つの動作だけで良いが、七里の場合は、剣を振りかぶり、踏み込みながら斬撃を繰り出し、また元に戻る、という三つの動作が必要である。


 二つ目に、七里の方がリーチが短い。剣の長さをフルにいかせる由比ちゃんの『点』の攻撃である刺突に対して、七里の斬撃は『線』の攻撃にならざるをえない。


 三つ目は、情報の非対称性だ。すなわち、七里は今の由比ちゃんの戦闘力を知らないのに、由比ちゃんは七里の戦闘力の限界からアイテムボックスの中身まで、全てを熟知している。これが一番でかい。


「ううっ……」


「どうしたの? 逃げてるばかりじゃ勝てないよ?」


 やがて打ち込むことにも疲れた七里は、由比ちゃんの刺突を恐れてじりじりと後ろに下がる。大して由比ちゃんは構えを維持したままじわじわと距離を詰めていく。


 いくらゲームの力を借りているといっても、所詮は素人の剣術である。複雑な剣技が冴えるということもない単純な展開だった。


(早く何とかしないと……でも、俺は複アカなんて持ってないんだよなあ……)


 戦力差はある。しかし、手持ちのものでやりくりするしかない。俺は手持ちのアイテムとスキルをためつすがめつ見た。


(――これは、使えるか)


 俺はアイテムの一つに目をつける。


 二人の攻防はやがて、砂浜へと場所を移す。それは当然だ。俺たちがいた堤防の反対側はすぐに道路なのだから、七里が逃げるとしたら砂浜しかない。


 俺も慌てて後を追う。


 だがそれは――


「失敗したね。七里ちゃん」


「ぐっ」


 頬をかする剣尖に七里が呻く。足場の悪い砂場では、先ほどのように距離を取り辛い。畢竟、七里は由比ちゃんの射程の範囲内に捉えられてしまう。


「七里ちゃんには、覚悟が足りないんだよ! 目的を達成することへの覚悟が! 」


「そ、それでもずるして強くなるよりはマシだもん!」


 七里が、由比ちゃんが繰り出した一撃の剣先を逸らして、言い張る。


「複アカがずるい? お金で買うのがずるい? だったら、七里ちゃんも頑張ってお金をつくればいいじゃない。七里ちゃんは強くなるためにゲームをやっていたんじゃないの?」


「そうだけど! 自分で汗水垂らして強くなるのがゲームなの!」


「そう。なら、それでもいいよ。じゃあ、なんで七里ちゃんはもっと積極的になって、上位のランカーのパーティに入れてもらったり、ギルドメンバーを増やしたりしようとしないの? パーティークエストをろくにこなせないから、経験値の取得効率が悪くて、プレイ時間だけは廃人級だったのに、今でも中級止まりなんだよ!」


「うるさい! うるさい! うるさい! 大回転切りいいい!」


「ワンパターンだよっ!」


 七里が苦し紛れに放ったスキル技に、由比ちゃんはさらに一歩踏み込んだ。七里の必殺技が見事命中する――しかし、由比ちゃんが前に出たことで、七里の剣の命中箇所は根本――切断力の無い弱い部分になった。


「っつ」


 それでも全くのノーダメージという訳にはいかず、遠心力とスキルの相乗効果が生み出す苦痛に顔を歪める。


(ダメージは3%……せいぜい打身ってとこだな)


 しかし、思いっきり剣を振り切った七里が払った代償はそれ以上のものだった。剣は由比ちゃんの胴に食い止められ、身体はがら空きだ。


「これでっ!」


 由比ちゃんが外れようのない斬撃で七里の手を払う。手の甲に僅かな裂傷が走った。


「痛っ」


 七里は剣を取り落とし、砂浜に跪く。


 由比ちゃんは砂浜に落ちた剣を蹴り飛ばして、七里の手から遠ざける。


(ダメージ2%……良かった)


 レイピアはあくまで刺突武器。一応、刃もついてはいるが、斬撃はおまけだ。


 俺はほっとして、構えていた巨大針を下げた。


 ここはゲームの世界じゃない。人を傷つければ傷害だし、殺せば言うまでもなく殺人だ。それでも、今の由比ちゃんが放つ狂気を見ていると、もしかしたら、やばいことになるんじゃないかという恐怖心に駆られる。


 もし、七里を本気で傷つけるようなら、俺は卑怯者と罵られようと由比ちゃんを全力で後ろから刺すつもりだった。


「七里ちゃん。私、七里ちゃんの気持ち、わかるよ。本当はお兄さんに構って欲しかっただけなんでしょ? ゲームに熱中していれば、心配したお兄さんが一々気にしてくれる。優しいお兄さんはできる範囲で遊びにも付き合ってくれる。それが嬉しいんだよね?」


「知ったようなこと言って……私がいなければ本当に由比は一人ぼっちの癖に」


 七里は手を砂浜につけた姿勢のまま、そっぽを向いた。


 由比ちゃんが鬼のように顔を歪める。


「七里ちゃん……戦闘中に顔を背けるなんて、自殺行為だよ」


 その時、由比ちゃんが本当にどうするつもりだったか、俺は知らない。ただ、身体が勝手に動いていた。

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