第13話 生産チート もしくはただの工夫

「ありがとう! 心ある有志の協力に感謝するわ」


「はい! 一生懸命頑張ります!」


(なん……だと?)


 七里と自衛隊の士官らしき女性が目の前でがっつり握手を交わす光景に、俺は絶句した。


 年の頃は二十代の後半といったところだろう。黒髪の短髪に快活な笑みが浮かんでいる。


「あの、でも、私たちまだ、パーティーでの戦闘も経験してなくて、私はレクイエム対アンデット魔法も習得していませんし、正直お役に立てるかは――」


「大丈夫大丈夫。とりあえず、戦力が多い方がいいわ」


 やんわりと俺たちの力不足を伝える由比ちゃんの肩をバンバンと叩く。


「あー、でも、俺たち、対アンデット用の装備も持ってませんよ? それでも、お役に立てますか?」


「それはまだわかんない。作戦決めてないから」


 女性はあっけらかんと言い放った。やばい。この人は七里と同じ系統の匂いがする。


「もう、心配性だなー、二人とも。事件は現場で起きてるんだからとりあえず見てみようよ」


「良いこと言った! あー、ええっと、名前なんだっけ?」


「鶴岡七里です! こっちは私の義兄の大和と、親友の由比です」


 七里が手の指の先をこめかみに当てる軍隊風の仕草をする。


「そう。七里ちゃんに、大和くんに、由比ちゃんね。私は、陸上自衛隊 2尉の鴨居こづえ。詳しい所属は――、どうせ言っても通じないだろうしどうでもいっか」


 そう名乗り合った七里と鴨居さんが何がおもしろいのか、お互いの顔を見合わせ、からからと笑い合う。


 こうして俺たちは、鴨居さんに導かれて軽々と規制線を潜り抜けた。


 そこからさらに3分程歩くと、遠くから、膨らみ切った風船がはじけたような乾いた音が、断続的に響いてきた。いよいよ戦場という感じで緊張する。


「あっ、こづえさん! 何やってたんすか。やばいっす。弾、あともって、30分っすよ!」


 トラックをごつくしたような輸送車両から、金属製の箱を積み下ろしていた男性が、切羽詰まった声で言った。


「了解。今から、20分以内に片が付かなかったなら、戦線を500m後退させるわ。不死身て言っても歩速は大したことないし、時間は稼げるでしょう。援軍に来てくれた古淵さんに避難誘導を頼んできたから」


 鴨居さんが軽く手を挙げて応えた。顔つきも七里に向けるのとは違う、仕事用の引き締まったものに変わる。男の人は「うっす」と軽く返事をして、箱を向こうへと運んで行った。


「それで? スケルトンはどこにいるんですか? 向こうですか? 行っていい?」


「んー、銃弾とか飛び交ってて危ないから、まずはこれで見てね……ええっと、はい。この角度」


 鴨居さんはポケットから取り出した小型の双眼鏡を取り出して、俺たちの進行方向へ向けた。そのまましゃがみ込みでスライドするように七里へと手渡す。


「おおお、やっぱり本当に現代兵器って効かないんだー。ほら、見て見てお義兄ちゃん」


 七里が位置を動かさないように俺に双眼鏡を譲ってくださる。全くお優しいことだ。


「ん……」


 そのレンズ越しには、中々シュールな光景が繰り広げられていた。


 外国人墓地の入り口に、大きさの様々な白骨が殺到している。入り口から50mくらいの位置には有刺鉄線による簡易のバリケードが構築されており、膝立ちで銃を構えた自衛隊の人たちが。骸骨に息つく暇もない程の無数の銃弾を浴びせかけている。


 しかし、それは骸骨の前進を食い止めているだけで、一行にダメージを与えられる気配はない。たまに骨の一、二本が外れる程度のダメージはあるが、すぐに元の位置にくっつく。


 さすがはアンデットだ。専用の装備じゃなければ、極短時間に回復不能なダメージを与えて倒し切らなければすぐに復活してしまう。


「やっぱり自動小銃じゃまともなダメージは与えられないんで、攻撃後硬直を利用して足留めしてる感じですか?」


「そうそう。呑みこみが早くて助かるー」


 鴨居さんが頷く。


 攻撃後硬直とは、その名の通りこちらが敵モンスターに攻撃をヒットさせた後、一定の時間その敵が行動を停止させることである。とは言っても、攻撃が当たっただけで敵が長いこと動きを止めるならそんなヌルゲーは無い訳で、その効果はあくまで『塵も積もれば山となる』的なものでしかない。


 だが、上位の敵になればなるほど、その微妙な硬直時間も考慮して戦わなけれないけない状況になる……らしい。


「自動小銃での攻撃は、マイナス補正がかかるからダメージは与えられない。でも、ヒットはさせられるから硬直時間は発生するということですね」


 後ろから由比ちゃんの納得したような声が響いた。


 死なないけど、同時に動けもしないスケルトンが墓地の入り口に蓋をする形で、後続のスケルトンが拡散するのを防いでいる。つまりはそういう形だ。


 大体状況を把握した俺は双眼鏡から顔を外して、再び七里に観測する地位を譲った。


「そうそう。さすがに一分に1800発の弾丸をくらわせれば、なんとかモンスターの動きを止められる、っていう訳。ま、コスパは最悪だけどねー」


 鴨居さんはそう総括して苦笑する。


「でも、それだとジリ貧じゃんー?」


 七里が双眼鏡を顔にくっつけたまま腰を振る。思いっきり蹴りを入れたくなってくる。


「そう。だから、困っているっていう訳」


「でも、自衛隊にも、対アンデット専用の部隊くらいいるんじゃ?」


 俺は念のために、『裁縫師』の装備を展開しつつ尋ねた。


「もちろん。でも、やっぱり数はまだまだ足りなくてね。今日は海の方でたくさん出ちゃったからこっちの方まで手が回ってないの」


「ええと、つまり、その専用の部隊が到着するまでの時間を稼いでるってことですね」


「そうねー。専用の部隊が到着するのが先か、色んな冒険者ギルドに回した緊急依頼を受けた冒険者が駆けつけるのが先か。とにかく、私たちの仕事は、援軍が到着するまでなるべくアンデットたちを狭い範囲に押しとどめておくっていうこと。何かいい案はない?」


 鴨居さんが明日の天気を占うような呑気な調子で言った。


「はい!」


 やっとを目から外した七里が、双眼鏡を手にしたまま大きく手を挙げる。


「はい。七里ちゃん」


「私が重装備で銃弾の代わりになって、入り口に蓋をします! 鎧が重いから攻撃はできないけど、アンデットの攻撃力自体は大したことないし、余裕で耐えきれるはずです」


「却下。お前入り口の広さちゃんと確認したのか? いくらなんでもお前一人で封鎖するのは無理だ」


「えー」


 七里が不満げな声を上げて、助けを求めるように鴨居さんの方を見た。


「うーん、ありがたい話だけど、この墓地、入り口が二つあるのよねえ。七里ちゃんが盾になってくれたとしても、もう一つの入り口の方がもたないわ」


 鴨居さんがそう言って首を振る。


「あの、『聖水』のアイテムは使えないんですか? 低レベルのアンデットなら一発で倒せると思うんですけど」


 由比ちゃんがおずおずと手を挙げてそう提案する。


 確かに由比ちゃんの言う通り、雑魚アンデットなら聖水で簡単に倒すことができる。自衛隊なんだから、国から支給されていても良さそうなものだ。されていなくても、今すぐネットに繋いでデータ上で聖水を競り落とし、ここで具現化すれば済むことのはず。


「あー、それ聞かれると痛いなあ。うん、確かに支給はされてる。というか、倉庫係に申請すればすぐに手に入る。でも――ぶっちゃけ予算が厳しくて、使いまくると怒られるの」


 鴨居さんはそう弁明して気まずそうに頬を掻いた。


 『聖水』はそんなに高価な原料を使うアイテムではない。しかし、元々、低レベルアンデットには効くが中レベル以上のモンスターになると大したダメージは与えられない上、ゲームを進めていくうち、大抵が対アンデット武器を手に入れてしまうので、需要も供給も少ないアイテムだった。

 

 それが、騒動以後は今回みたいなアンデットの発生と、前線で対アンデット武器を振るって戦える戦士の減少から、需要だけが突出してしまったのだ。


「あ、もちろん。市民の命が危険に晒された場合は躊躇なく使うわよ。でも、現状で、100体を超えているっぽいアンデット全部を聖水で駆逐するのはきついわね」


「そうですか……それは確かに厳しいですね」


 俺たちの間に気まずい沈黙が降りた。


「あー、うん。なんかごめんね。私がノリで引き込んじゃって」


 鴨居さんが苦笑して頭を下げる。


「大丈夫です! しばらくなら私が暴れ回ってスケルトンをバラバラにしてやります! 何度復活しても関係ないです!」


「おい、やめろ。これ以上自体をややこしくすんな――こちらこそ、空気読まずに話しかけてすみません」


 俺は今にも飛び出していきそうな七里の肩をがっつりと掴んで、鴨居さんに頭を下げた。


「ううん。いいのよ。私もダメ元で連れてきただけだから」


 鴨居さんはそう首を振って、ちらりと腕に巻いた時計に視線をやった。タイムリミットが迫っているらしい。


 このままだと、結局野次馬みたいに首を突っ込んで、鴨居さんに余計な労力を使わせただけになってしまう。それはかなり申し訳ない。


 何とか役に立ちたくて、俺は必死に思考を巡らせる。


 今現在、皆は『いかに敵を倒すか』の方向で議論を進めている。しかし、よくよく考えると今の目的は『時間を稼ぐこと』であって、『敵を倒すこと』ではない。


 要は今現在、銃を撃ちまくってそうしているように、敵を一定の域内に閉じ込められればいい訳だ。


 閉じ込める――とはいってもすでに有刺鉄線による対策はされている。しかし、いくら雑魚といえどモンスターだ。有刺鉄線程度で食い止めることができるなら苦労はない。じゃあ、何かもっと強い素材で作った紐ならいいのか? 


 幸い、俺のスキルなら即席で紐を紡ぐことはできる。


「あの……アダマンタイトとか、スケルトンが突破できないような素材の紐で封鎖はできないんですか? 紐なら俺作れます」


「大和くんが言うような強化繊維の紐はあるけれど、それは無理ね」


「どうしてー? アダマンタイト製ならそう簡単に切れないんじゃないの?」


 七里が首を傾げる。


「繊維は切れなくても、紐を結びつけている支えの方がダメになっちゃうと思う。あれだけの多数で圧力かけられるとね」


「なるほど……」


 由比ちゃんが得心したように頷いた。


「要はあいつらが触れない紐ならいいんですよね?」


「うん……それはもちろんそうだけど、そんな都合のいいものある訳――」


「……」


「――あるの?」


 俺の言葉を一笑に付そうとした鴨居さんは、俺の真剣な表情を見てとったのか、きつく目を細めた。


「聖水を一個だけ貰えます?」


『戦士 鴨居こづえよりアイテム移譲の申請が届いています。受諾しますか YES NO』


 俺は迷わずイエスを選択し、『製糸』コマンドの『染色』工程を開いた。

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