第14話 ワンサイドゲーム
目の前の『紐』に触れた側から、スケルトンたちが溶けていく。
警戒と危険予知という概念の抜け落ちた骸は、ただモンスターに備わった機械的な殺戮本能の従って無限の再生を繰り返し、一歩でもこちらに近づこうとただひたすらに踏み込んでくる。
「お兄ちゃん、見て見て。あいつらむっちゃアホ!」
「あんまり、死者を冒涜するようなことは言うな」
俺は七里の頭を軽く小突いた。目論見が上手くいったのは嬉しいが、モンスターの原料にされた白骨のことを思うと、素直に喜べない。
「なるほど……盲点だったわ。聖水を染みこませたただの綿糸がこんなに役に立つなんて」
有刺鉄線に沿うようにして巻かれた白い紐を見て、鴨居さんが呟く。
「さすがはお兄さんです!」
由比ちゃんが俺に称賛の拍手を送ってくれる。嬉しいが、ぶっちゃけこの程度のことで誉められると、こそばゆい。
「『裁縫』の染色過程で通常の染料の代わりに聖水を使う、ということでいいのよね?」
鴨居さんが確認するように問うてくる。
「はい。でも、そんなに難しいことじゃなくて、ゲーム時代に比べてさらにアイテム精製の幅が広がったっていうだけだと思いますよ。応用が効くっていうか」
縫い止めのスキルとかと同じで、工夫次第でなんでもできる。そういうことなのだろう。
「ええ。それはわかってるけど、『裁縫』のスキルは希少でデータが少ないのよ。ちゃんと上に報告しないといけないの。悪いけど、サンプルを一つ私に貰える?」
「あ、はい」
『アイテム:清らかな紐……鶴岡大和が聖水を混ぜて製糸した紐です。
(※時限アイテムです。60分後に、効果を消失し、アイテム名『綿糸』に変化します)
当該アイテムを戦士 鴨居こづえに移譲しますか。 YES』
「おおー、本当だ。一応、サブテキストもつくんだね」
俺のアイテムを受け取った鴨居さんが感嘆の声を上げる。
「そうみたいですね……そこら辺は自由が効くのに、普通の紐に聖水を混ぜても意味ないんですよねえ」
あくまで、ゲームの『コマンド』として実行したものしか、モンスターに効くアイテムにはならない。だから、例えばそこら辺のコンビニで紐を買ってきて、具現化した聖水に浸したとしても、何の意味もないのだ。そこら辺は徹底されている。
「ま、それができるなら私たちも銃でぶっ殺すだけでいいんだけどねー。とにかくありがとう。これで時間が稼げるわ。裁縫って、生産職だから軍部では注目されてなかったんだけど、中々戦闘でも使えるのね」
「でしょー。義兄ちゃんは私が育てたの」
なぜか、七里が師匠面してドヤ顔を決める。
「はい。私もお兄さんには何度も助けて頂きました」
「……それで、俺たちはこれからどうすれば?」
輝く由比ちゃんの視線を避けるように俺は問うた。
「悪いんだけど、対アンデット部隊が到着するまではここに残ってくれる? ほら、このアイテム、時限性みたいだから、作り置きしてもらうって訳にもいかないし」
「わかりました」
「ねえー、あのさ。私、気づいちゃったんだけど、今ってスケルトンの身動きはとれないんだから、一方的にタコ殴りにしてもいいんだよね?」
七里が邪悪な笑みを浮かべる。
「いや……それはそうだけど」
今更偽善かもしれないが、元人間だった遺骨を損壊するというのはやっぱり気が進まない。
「あー、私からもお願いするわ。定期的に糸を補充しなきゃいけないからさ。前線の方は崩しとかないと糸巻けないし。本当は私たちの仕事なんだけど、ゲームキャラとしてのスペックは低いのよね」
それはわかる。鴨居さんの戦士としてのスキルはほぼ初期ステータスのまんまだ。まあ、忙しい社会人なのだから当然だろう。きっと騒動以後に登録した口だ。
「はい。じゃあー、そういう訳でボーナスステージ開幕!」
七里が意気揚々とそう宣言をした。
Quest completed
討伐モンスター:スケルトン(未達成)
戦利品:なし
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