第15話 明日は初クエスト
「ふーむ、依頼を受けたはいいもののいきなり明日か。今日も結構アクティブに動いたが、俺たちだけの戦闘は初めてだしなー」
俺は自室でデバイスをいじって、動画投稿サイトにあがっている他の冒険者の戦闘記録を見ていた。
ギルド登録した当日、すぐに海岸の清掃のクエストの受諾を申請した俺たちだったが、運がいいか悪いのか、すでに人数は集まっており、清掃は早速明日に行われるらしい。なんでも、もう海開きが迫っているので、毎週末行われる定期クエストとなっているようだ。
「ゲーム時代との一番の違いは、痛みがリアルってことだよな。体力には前以上に気を使わなければだめだ」
画面の『十八歳未満閲覧禁止』の動画では、ガチムチの白人男性冒険者が、中級レベルのカマキリ型のモンスターに腕を斬りとばされる光景が映し出されていた。あまりの痛みに『shit!』を連発し、地面にのたうち回っていたが、それでも、体力のゲージはせいぜい四分の一減ったかどうかという程度だ。
まあ、ゲージが全部消滅した時=死、なのだから手の一つくらいでどうこう言うなということなのかもしれない。
「基本、傷を受けたら即回復、くらいでいかないと実際戦闘するのは無理だよな」
腕を斬りとばされるまでいかなくても、血が滴り落ちるような切り傷を負っただけで俺たちの戦闘能力はがくんと鈍るだろう。
と、なると当然、由比ちゃんのヒールだけでは回復が追い付かない可能性も出てくる。だとすれば、各自の判断で回復するためにも大量のポーションの準備が必要だ。
コンコン。
その時、控え目なノックの音が響いた。遠慮という言葉を知らない七里ならノックなどするはずはないので、そうなればおのずとドアの向こうにいる人物はわかる。
「由比ちゃん? どうぞ、入って」
俺はグロい戦闘動画を閉じてから、入室を促す。
「失礼します」
薄いピンク色のパジャマを着た由比ちゃんがしずしずと中に入ってくる。風呂上りということもあって、顔は上気しているは、シャツの上の方のボタンは外れてるはで、ぶっちゃけエロい。
「あれ? 七里は?」
一応、明日の作戦会議をするということで、時間を決めて俺の部屋に集合する約束だったのだが。
「それが……その、さっきまでは元気に剣を振り回してたんですけど、疲れて寝ちゃって」
由比ちゃんが気まずそうに呟く。
「あっ……うん。大体分かった」
「あ、あの、やっぱり起こしてきた方がいいですよね? 私――」
「いや、あいつ無茶苦茶寝起き悪いし、放っておいていいよ」
踵を返そうとした由比ちゃんの手を引いて、制止する。
「はっ、はい……」
「あ、ごめん。ま、適当に座って」
恥ずかしそうに俯いた由比ちゃんの姿に俺は慌てて手を放す。近くにあったクッションを由比ちゃんの近くに放った。
「はい。あの……それで、なにをなさってたんですか?」
由比ちゃんがクッションを敷いて、脚を揃えて座る。壁に投影されたあれこれの資料を見て、由比ちゃんが会議の方向へ話をもっていく。
「ああ、アイテムの相場の確認。ポーションを買いだめしときたいんだけど、やっぱ高いなあ」
「ですよね。一般人の治療用の需要に加えて、ダメージがリアルになったことで、冒険者の回復系アイテムの需要も段違いに増えましたから」
「まさしくその通り。で、俺たちのギルド資産は――」
俺たちはデバイスに表示されたギルドの残り資産の見て、ため息をついた。本日、ギルド長に就任したはいいものの、財政事情は火の車だ。ぶっちゃけ、七里の私物と化していたギルド資産はちょっと溜まった側から七里の装備へと変わっていたのだから、当然といえば当然である。
「やっぱり、ポーションを買うのはもう少し供給が安定してからの方がいいんじゃないでしょうか」
由比ちゃんが憂いを帯びた表情でそう提案する。
「そうだね。相場が落ち着くまでに金を溜とくか……やっぱ、俺が編み物やって金を稼ぐしかないかなあ」
俺はネットの装備品オークションサイトを開いて、装備品の相場を確かめる。
「そうですね。お兄さんが生産なさる強化服は、すごい人気ですから」
「ああ……うん。なんか複雑な気分だな」
俺が過去に依頼されて作った服が普通に売りに出されている。俺としては個人個人に合わせて服を編んでいるので、転売されるのは心外だが、それを止める手段もない。しかも、それにサラリーマンの年収くらいの値段がついているのを見ると、ぶっちゃけ欲の虫がうずくのは否定できない。
「大丈夫です。私は売りませんよ。お兄さんからもらったマフラー、きちんと防虫して持ってますから」
由比ちゃんがこちらを励ますように微笑みかけてくる。
「それは嬉しいな……ぶっちゃけ、好きでもない男から貰うマフラーなんてキモいと思われても仕方ないからさ」
クリスマスのプレゼント交換の時、優しい由比ちゃんは気を使って俺にもプレゼントをくれたのだが、その時金欠だった俺がすぐに返せる贈り物はそれしかなかったのだ。
「そんなことないです、とっても暖かかったです」
「そう言って貰えると助かるよ。今年はちゃんと金のかかったプレゼントを用意するからさ」
「え? ……もう、私には編んでくださらないんですか?」
上目遣いにこちらを見てくる。
あかん。惚れてまうやろー。
「そうだなー、由比ちゃんが貰ってくれるなら、今年は手袋を作ろうかな」
俺は照れ隠しに笑って、そう提案する。
「ふふ、楽しみにしてます」
由比ちゃんはそう言って、妖艶に口元をパジャマの袖で覆った。年下なのに七里とは違って、変な色気があるから困る。
「う、うん。それで、作戦会議なんだけど」
「あ、はい。そうでした。明日の戦闘方針ですよね」
由比ちゃんが顔を引き締め、ぎゅっと握った拳を太ももの上に置いた。
「ああ、そんな堅苦しい話じゃないんだ。どうせ、細かい作戦を決めても、俺たちの練度じゃ、予定通りには遂行できないだろうし。俺が話したかったのは、まあ、当たり前の状況確認っていうか。基本的に戦闘は『命大事に』でいこうっていうことだよ」
「積極的に攻撃は仕掛けないってことですか?」
「うん。後は、海から波の勢いで敵がやってきそうだから、奇襲を避けるためにも波打ち際からはなるべく距離を取るように、とか。そんな当たり前のこと。もちろん、由比ちゃんはそんなこととっくにわかっているだろうから、あの馬鹿義妹に釘を刺しておきたかったんだけどね」
俺は苦笑して頭を掻いた。
「本当にお兄さんは七里ちゃん想いですね」
「うん? まあね、一応兄貴だし、親がいない間は俺が保護者の代わりにならないと」
由比ちゃんと違って、七里は放っておけばどうなるかわからないという不安がつきまとう生き物なのだ。
「でも……そんな、お兄さんの優しさのありがたみを、七里ちゃんは本当にわかっているんでしょうか?」
由比ちゃんは薄氷のように危なげな笑みを浮かべた。
「んー、さあね。それはあいつに訊いてみないとわかんないな」
「ごめんなさい。変なこと言っちゃって。明日は、私は基本的にヒールを頑張ります」
「そうして。前衛が俺と七里。と言っても、七里に周囲を警戒させながら、ゴミの回収は主に俺がやる感じがいいかな」
この前と違って、軽量装備に切り替えた七里ならまあ、なんとか使い物になるだろう。反面、防御が心配だが、想定される敵を見るに即死級のはいない。
「わかりました。それじゃあ、お兄さん。お休みなさい」
「うん。お休みー」
その日はそれでお開きとなった。
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