第16話 クエスト開始

 由比ヶ浜は静かだった。


 いつもならこの時期は間近な海開きに向けて、海水浴客目当ての店の設営工事で騒がしいはずなのだが、今年はもちろんそうではない。中途半端な骨組みを残して放置された鉄パイプなどの資材が放置されて、何とも言えない終末感を漂わせている。


 この状況で本当に海開きなどできるのだろうか。


 俺たちは今、砂浜へと降りる階段の側にいた。もちろん、装備はすでに戦闘用のものを展開している。


 寄せては返す波の音が、初めてのパーティークエストに高ぶる心臓をなだめる。


「うおおお、クエストだねえええ、冒険だねえええええ」


 といっても人によって解釈は違うようで、七里にとっては風情ある潮騒も士気を鼓舞する軍歌にでも聞こえるらしい。両手で掴んだ細長い剣をやたらに振り回している。


 しかし、まあ、七里が興奮する理由もわからなくはない。100名近い冒険者たちが集結し、ガヤガヤと砂浜に向かって行く様は、それぞれの装備の奇抜さも相俟って、本格的にファンタジーじみた印象を受ける。


「いいから、勝手に突っ込むなよ。さっきも言った通り、しばらくは様子見だぞ」


 俺は周囲を警戒しながら七里の襟を掴んで留める。


 上空にはすでに数十羽に及ぶ、クックやテラクックたちが獲物を狙うように旋回していた。元々、由比ヶ浜近辺には野鳥であるトンビやカラスが、砂浜に打ち上げられた魚や観光客が戯れにばらまく餌を目当てに、常時溜まっていた。騒動以後はそれがそのままモンスターへと変化している形らしい。


 俺たちの戦力でいきなり突っ込むのは危険だ。自分でも慎重な事の運び方だと思うが、別に恥ずかしいことでもない。事実、俺たちと同じように先行者が大方のモンスターを排除してくれるのを待っているグループもちらほらいた。


「あっ、戦闘が始まりました!」


 由比ちゃんがそう声を上げ、息を呑む。


 砂浜に突入した冒険者の一群を、自らのテリトリーを侵す敵と認識したのか、三匹のテラクックが強襲する。テラクックは、クックよりも二回りくらい大きく、羽を広げればゆうに成人男性くらいの大きさがあるモンスターだ。顔も鳥の癖に禍々しい二本の角が生えていたりするし、ここまでくると既存の生物の延長線上では認識できず、まさしく『化け物』としか言いようがない。


 前衛系の重層戦士が『ウォール』で敵の攻撃を凌ぐ。付与術師(エンチャンター)が敵の動きを妨害する魔法を詠唱し、テラクックたちが再び飛翔するのを防ぎ、さらに別の魔法使いが、初級の火炎魔法でテラクックを焼き払っていく。


「やっぱり、補助系の魔法使いがいると強いね」


 そんな目の前の光景を見て、俺は呟いた。


「ええ……全般に言えることですが、ゲーム内では不遇だった職業が相対的に脚光を浴びてるようですね」


 由比ちゃんが冷静に告げる。付与術師も、騒動の前は『いたら助かるけどいなくても問題ない』的な趣味色の強い職だった。しかし、騒動以後は、想定外の状況から生じるリスクをかなり軽減できるため、かなり重用されるものになっている。


「魔法は、エイムが簡単でいいなー」


 七里が羨ましそうに言った。


 確かに実際に身体を動かして敵に当てなければいけない物理攻撃系の役職とは違って、魔法のターゲッティングは対象を意識するだけでいい。


「だけど、詠唱で噛んだら魔法は発動しない上、MPは無駄遣いだぞ」


 つまり、どの職にも一長一短はある。まあ、ここら辺は適性と好みの問題だろう。


「まあねー。それより、私たちも早く行こうよー! もういい場所とられちゃってるじゃん。ゴミなくなっちゃうよー?」


 一番ゴミが落ちているのは、言うまでもなく波打ち際のすぐ側だ。潮位が高い時に運ばれてきた、茶色くくすんだ海藻やペットボトルなどのゴミが、かなり量散乱している。先行で突入した冒険者たちは、等間隔に距離を取ってゴミの回収をはじめていた。


「うっし。じゃあ、そろそろ行くか」


 俺は小さく頷いて、手持ちの針を構えた。ゴミ袋は邪魔にならないように腰に固定してある。


「うっひょおおおお」


 七里が奇声と共に駆けだした。


「っつ、だから走るなバカ!――由比ちゃん。行くよ」


「はい!」


 俺たちは早足で七里を追った。

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