第17話 暴走の代償
「ねー、お義兄ちゃん、本当にゴミ拾いだけで終わらせるつもりなのー?」
砂浜刺した剣の柄にだるそうに顎を預けた七里が呟く。
「そうだよ? まずは一袋でもゴミを集めることが大事だ。着実に任務をこなした実績がギルドの信用につながる」
俺は砂浜からガラス片を拾い上げゴミ袋に投げ入れた。作業を開始してから一時間経つが、モンスターの襲撃は受けていない。波打ち際を避け、なるべく陸に近い所でゴミ拾いをしているからだ。反面、ゴミ袋も全体の三分の一程度しか埋まっていないので、ミッションを達成するのにはしばらく時間がかかりそうだが。
「あの……やっぱり、私もゴミ拾いをお手伝いした方がいいんじゃ?」
杖を握りしめた由比ちゃんがおずおずと訊いてくる。
「いや、ちゃんと周りを警戒していて。七里も集中力が切れてきてるし」
「はい……」
由比ちゃんが真剣な表情で頷いて天を仰ぐ。今日も雲一つない快晴だ。
うおおおおおお。
近くの波打ち際でゴミ拾いに勤しんでいたパーティーから歓声が上がる。前衛の槍使いらしき男が、手に持った何かを他のパーティーのメンバーに見せびらかしている。それは拳くらいの大きさで桃色の宝玉だった。男が手を動かす度に宝玉が夏の陽光を受けて輝く。その怪しげな陽光はまるで人間の欲望を喚起するのかのようだ。
「あっ、あれってもしかして、肉食シェルの珠〈たま〉ですか?」
「そうみたいだね。やっぱ、現実でも採取できるようになってるんだ」
肉食シェルの珠はレアドロップだ。それでも、ゲームだった時代には、一時間も海辺のステージで狩りをすれば余裕で手に入る程度の難易度だったが、現実化した今となっては本当に入手困難なアイテムになってしまった。
「ううううううううう! もう我慢できない! 私もアイテム探してくる!」
他人の成功を見て、居ても立ってもいられなくなったのか七里が海に向かって走り出す。
「おい! やめろ!」
「敵が出てこないんだからいいじゃん!」
「いつ出るかわからないからこその見張りだろうが!」
「モンスターが現れたら戻るもん!」
制止しようとした俺の手を牽制するように、七里が剣を振るう。
「ばかっ、それマジで切れるんだぞ! お前わかってんのか!?」
「お宝、お宝―」
俺の言葉など耳に入らないらしく、七里はそのまま海へと一直線だ。
「……どうしますか?」
「今の状態の七里に抵抗されたら、無理には連れ戻せないしなあ」
スペック上、現在のパーティーで一番戦闘力が高いのは七里だ。
「なら、私たちが七里ちゃんについていきます?」
「それは絶対にダメだ。あいつが調子にのるし、命令を無視していいってことになればパーティーとして成り立たない……本当は、あいつを無視して安全地帯まで退却するのが一番安全だし、リーダーとして正しいんだろうけど」
「それはできないですよね……だった、お兄さんは優しいから、七里ちゃんが心配で放っておけないんでしょう」
由比ちゃんが淡々とした口調で言った。どこか、俺を咎めているように聞こえるのは気のせいだろうか。
「ごめん。俺のわがままで」
俺はゴミ拾いを中断して、巨大針を構える。
「……」
由比ちゃんは黙って首を振り、七里の方を見て目を細めた。
「これはゴミ、これはガラス。ああー、昆布うざい!」
七里は剣で打ち上げられた海草をほじくり返していく。つーか、昆布ではないと思う。
「ゴミに隠れてモンスターがいるかもしれないから気をつけろよー」
俺は口に手を当てて、七里に呼びかける。まあ、モンスターは大抵でかいから見誤ることはないと思うが、念には念を入れた方がいい。
「はっはっは、お義兄ちゃんは心配性だなあ。私の目はモンスターを見逃すほど節穴じゃないよー」
七里は俺の懸念を鼻で笑い飛ばした。
「……あっそ。どうせだったら、確認終わった海藻をこっちに放れ」
俺はため息を一つ吐いて、七里の監視を続ける。まあ、七里が近距離からチェックして、俺が遠距離から確認すれば大丈夫だろう。どうせ、冒すリスクが同じなら状況を利用した方がいい。
「はーい。うーん、ないなあ。しょっぼい、ハマグリの貝みたいなやつしかない」
七里はそう間の抜けた返事をして、剣に引っ掻けた海藻を遠心力でこちらにとばしてきた。その後もぼやきながら波打ち際を行ったりきたりするが、一向に目当てのものは見つけられないらしい。それはそうだろう。こういう貝殻などの比較的小さな漂着物の類は、潮の流れの関係上、一か所に溜まる性質がある。全ての砂浜に万遍なく打ち上げられるという訳ではないのだ。
当然、たくさんの漂着物が見込まれる場所は、先行して敵を排除した冒険者が確保している訳で、俺たちにまで恩恵は回ってこない。
「まあ……早めにゴミの回収が終われば、それはそれであり、かな?」
「どうでしょう」
俺が苦し紛れに七里を擁護すると、由比ちゃんが曖昧に笑う。
ゴミの回収効率が上がり、砂浜にいる時間が一秒でも短くなれば、その分だけモンスターに襲われる危険性は減る。そういう考えもありか……などと思考を繰っていたその時だった。
「ひゃっ!」
一際大きな波がやってきて、かわし損ねた七里の足を濡らす。そこまでは良くある磯遊びの光景に過ぎなかった。
「うみうしだ!」
どこか遠くから叫び声が聞こえるのと、俺の視界の端にそれが映るのはほぼ同時だった。中型犬くらいな大きさはある、巨大なナメクジのような外見。原色に近い毒々しい青色のまだらの模様をつけた半透明の表皮を通して、グロテスクな内臓が透けて見える。二本の触覚はうねうねと長く、ムンクの叫びのように開いた不気味な口元が、えも言われぬ恐怖心を喚起する。
「ふえっ? ふえっ?」
海岸線に沿って漂着した毒毒うみうし、その数、無数。一斉に攻撃だ。各パーティーが対応に追われるなか、俺は七里の周辺に目を配った。俺たちが相手にすべきは、計三体。全て、その正面に位置している。
「わわわわわ」
突然のことに動揺した七里は、三匹のうちどれを標的にしていいか判断できないのか、剣先を迷わせる。
「七里! 大回転切り!」
俺はあらん限りの声を出して叫んだ。
大して防御力が高い敵ではない。範囲攻撃の七里のスキルで、理論上は一掃できる。
「そ、そうか!」
七里が慌てて虚空のコマンドに触れる。
「大回転――」
「馬鹿、もう少し下――」
「切り!」
俺の指摘は間に合わなかった。慌てて放った七里の回転切りは、正面の一体の二本の触覚を斬りとばすだけに終わる。左右の二体は全くの無傷だ。
「相手の背が低いんだから! しゃがんで斬らなきゃ、全部に当たんねえだろうが!」
俺はそう叱りつけながらも、コマンド選択画面を開いていた。あのスキルに使う道具を、素早く変更する。
「だっ、だってえー、ど、どうしよう。お義兄ちゃんー」
七里が今にも泣き出しそうな声でこちらを振り向く。
「あああ、クソ!」
戦闘中に後ろを向く奴があるか! とか、早くこっちに走ってこい! とか、言いたいことは色々あったが、毒毒うみうしの内臓がいやらしく収縮するのを見て、そんな思考は全部吹き飛んだ。
「縫い止め!」
俺は躊躇なくスキルを使用する。アイテム袋から飛び出したのは一本の大きな縄。それが七里の腰に巻きついたのを確認した瞬間、一気にこちらに向けて引き寄せる。のびきった縄の反動で七里がこちらに飛んでくる。本当は地面に突き刺さるはずだった縄の先についた針が、抗議するように中空にたなびいた。
「地面に伏せてろ!」
俺の眼前に尻もちをつくように落下した七里にそう命令し、俺は大きく一歩踏み出した。それから、七里を庇うようにうみうしに背を向ける。
ぷしゃああああああああ。
振り過ぎたコーラが溢れるような噴射音とともに、べちゃっと背中に何かが張り付く感覚がした。
「くっ」
刺すような激痛が手に走る。それから痺れが広がって、俺は巨大針を取り落した。毒毒うみうしの噴射液の大半は服に当たったらしいが、それでもしのぎ切れずに剥き出しな腕部に付着してしまったようだ。
「ゆ、由比ちゃん。俺に毒消しを飲ませて。それから、七里と一緒に陸の方に全力退避」
俺はそう命令して、間抜けに口を開けた。
「は、はい!」
由比ちゃんがアイテムボックスから緑色の小瓶を取り出して、こちらに駆けてきた。
背後からはズルズルと身体を引きずるような音が聞こえてくる。
大丈夫。うみうしの移動速度は遅い。俺は自分にそう言い聞かせる。
「飲んでください!」
由比ちゃんから口に瓶を差し入れられ、俺はその苦みしかない液体を飲み干した。手の痛みはすぐに引いていく。
「早く。走って! ほら、七里も!」
俺は由比ちゃんを促し、腰を抜かしていた七里の手を引いて、遁走する。思うように脚力を伝達してくれない砂の足場が、今は妙にもどかしかった。
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