第42話 ダンジョン三日目
三日目、キャンプは興奮で湧いていた。
「うおおおおおお。モノホンの金だよおおお! お宝だよ! お義兄ちゃん!」
七里が興奮を押え切れない様子でうさぎのように跳びはねる。
高レベルの鑑定士がスキルを発動した成果が、運び屋に過ぎない俺たちの下にもデバイスを通じて回覧されていた。それは、鉱石の成分含有率とか、採掘の効率がどうとか素人にはピンとこないものばっかりだったが、それでも周囲のなんてことない壁が、全て金でできていると言われれば、聖人でも金銭欲を喚起されざるを得ない。
欲は、すなわち士気だ。気分の滅入りそうな閉鎖空間に萎え始めていた俺たちの心をたぎらせる燃料である。特に七里みたいな単純な奴には効果は絶大だ。
「これマジすごいよ。ぶっちゃけ、信じらんない。このデータがもし本当なら、こんなちょっとの体積にこれだけ金を含有した鉱石なんて聞いたことない」
腰越が動揺を隠せないように言った。欲に目がくらんでいるというよりは、学術的な驚きといった感が強い。
「その割には、採掘にはいかないんだな」
俺はアイテムボックスから、配給された『サンドイッチ』のデータを具現化して口にする。俺が普段口にしているような野菜工場で生産された味気ない一品とは違い、濃厚で青臭い香りが口いっぱいに広がった。データだというのに、現実よりリアルだ。
「うん……金って柔らかすぎるし。武器に加工するには使えない金属だから。今日頑張るんだったら、明日以降のレア金属の方で頑張りたいし」
腰越もサンドイッチを出現させ、小さくかじる。
「なるほどな……まあ、腰越の採掘のスキルだと希少金属の効率的な発掘は難しいと思うけど、スキルの経験値稼ぎにはいいと思う」
俺は口中のサンドイッチを嚥下して頷く。
腰越はあくまで鍛冶に仕える金属が欲しいのであって、金儲けがしたい訳ではないのだろう。
目的意識がぶれないのは素晴らしいと思う。
「はい。兄さん。どうぞ」
由比がプラスチックのコップに紅茶を注いたものをこちらに差し出した。
「ああ。ありがとう……由比は金とか興味あるの?」
俺はコップから立ち上ってくる気分を落ち着かせるような優しい香りを楽しみながら、由比に話題を振った。
「うーん、いまいちピンときませんね。現時点ではただの石ですし。私、金の色使いって派手だからあまり好きじゃないんです」
由比がちらりと右に視線をやる。どうやら、メッセージに添付された金鉱石の画像を閲覧しているらしい。
確かに、製錬してない状態の金鉱石は、特に輝いている訳でもないただの石だ。
どうやら、うちのパーティーは盛り上がる周囲とは対照的に、物欲に対してはクールな人間が多いらしい。
「なになにー、みんなテンション低いよー! だって、金だよ? ゴールドだよ? テンションあがるよね!? お義兄ちゃん!」
「まあなー」
それに対して、俺は中立な気分だった。七里の気持ちもわかるのだが、カロン・ファンタジアのオークションにおける金の取引価格はそんなに高くない。腰越が言ったように実用性が低いのと、元から地球にあった金属だけあって、研究対象としての価値も低いからだ。もちろん、それはあくまで他の金属との比較であって、現実に具現化すれば資産としてそれなりの価値があるのは否定できない事実だ。
「もうー、お義兄ちゃんノリ悪いー」
「そんなことはないが、これから深層部に行くにつれてもっとすごい金属がある可能性が高いじゃん。今からテンション上げていくと持たないぞ」
俺は七里をなだめるように言った。
個人的な金銭欲はともかく、今はパーティー全体を浮ついた気分にさせるのは良くない。俺はそう考えていた。
昨日の礫ちゃんの忠告が頭にずっと残っているせいかもしれない。今日は幸いにも大した危険はなかったが、今後もそうとは限らないのだ。
「兄さんの言う通りだと思う。お姉ちゃんもこれ飲んで落ち着いて」
「わかったよー」
七里は不承不承といった感じで頷いて、由比が差し出した紅茶をちびちびと飲み始めた。
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