第1話 日常の終わり
「お、おい。嘘だろ、これ。夢落ちだろ!」
俺は現実から逃避するように作りかけの編み物を見つめた。動揺のせいか、手元が狂い、編み目が荒くなる。
「ガチだよ。ガチ過ぎるよ。お義兄ちゃん! ど、どうしよう! どうしよう!」
七里があっちこっちを跳び回り、壁をぶんなぐりまくる。しまいには俺の首元に抱き着いてきた。シトラス系のシャンプーの甘い香りがするが、胸の感触は全くない。
「ねえ! こういう時に何とかするのが、お義兄ちゃんでしょ! なんとかしてええええええ」
七里がそう言って俺の首を腕で締め上げてくる。
「や、やめろ! そ、そうだな。とりあえず掲示板に何か情報は?」
大した力ではないが、苦しいものは苦しい。俺自身も動揺していたが、それ以上にパニック状態の七里を見ていると、かえって興奮の熱が冷めた。
七里の腕をほどいて、冷静に促す。
「そ、そうだよね……あ、嘘、そんな、マジ?」
七里が壁に映った掲示板をスクロールする。俺と七里の視線は一つの書き込みに集中する。
『お前ら、どうやら、カロン・ファンタジアはまだ落ちてないらしぞ。試しにステータスメニューを見たいって念じたら出てきた。何を言ってるのかわからねーかと思うが、実際にやってみればわかる』
「と、とりあえず、試してみるか?」
俺は唾を飲み込んで、念じてみた。
すると――
NAME: 鶴岡 大和
職業:
パッシブスキル
裁縫lv99(AT・MN選択)……繊維を組み合わせ、装備品を生産するスキルです。プレイヤーの熟練度が、生産品の質に影響します。
製糸lv99(AT・MN選択)……素材を組み合わせ、糸を紡ぎ出すスキルです。
鑑定(素材)lv40……(MN)素材の良し悪しを判別するスキルです。
(クリックで、対象素材ごとの習得率にジャンプします)
構造把握(繊維)lv99……(MN)裁縫師専用スキルです。対象の繊維の細胞レベルでの絡みつきを把握し、繊細な作業を可能にします。プレイヤーの生産品の質によってスキル達成率が判定され、レベルが上下します。
アクティブスキル
蜂の一刺しlv40……巨大な針で、急所を狙った一撃を繰り出します。攻撃のクリティカル率+50% 再使用制限 60秒
縫い止めlv99……強靭な針と糸で敵を拘束します。効果の程は使用する道具の品質と、裁縫スキル熟練度に左右されます。 敵行動停止基礎値10秒+α 再使用制限120秒
ユニークスキル:母さんの夜なべ……思いの籠った上質の生産品を作り続けたプレイヤーにのみ与えられる裁縫師の特殊スキルです。プレイヤーの裁縫にかける想いによって、生産品につく付加効果にボーナスが発生します。
装備品:頭 気合のはちまき……締めると気合いの入るお手製鉢巻。バイオレントエイプの毛糸製。戦闘ダメージ補正+3%
首 疾風のマフラー……風にたなびくお手製ヒーロー風マフラー。マレカスの樹皮製。スピード補正+5パーセント
胴 硬糸の服……軽量の金属繊維で編み上げた防御力重視の服。マナタイトとアダマンタイトの合糸製。被物理ダメージ-25%、被魔法ダメージ-25%
腰 綿のトランクス……普通のトランクスです。被物理ダメージ-1%
脚 弾力のジーンズ……柔軟性のあるジーンズ。動きやすさと防御力を両立しています。マルタイトの皮紐製。被物理ダメージ-15% スピード補正+10%
右手 巨大針……アンクルホーンの角を削り出した巨大な針。両手持ち用。軽くて頑丈な刺突武器。クリティカル補正+30%
左手 右手に同じ
装飾品 決意のミサンガ……鶴岡大和が願掛けしたミサンガ。その想いは本人のみぞ知ります。
視界の右上に、ゲームと全く同じ半透明のスクリーンが出てきた。
「ほ、ほんとだ。見える。見えるよ、お義兄ちゃん! ――ん、なんだろう、このメッセージ。『現実とリアル・ファンタジアを同期しますか? 一度選択すると変更はできません。YES・NO』」
「ああ。見えるな。いかにも、やばそうな匂いがプンプンする。七里。絶対にYESを押すなよ」
「なんで!? すぐ外に敵がいるじゃん! 同期したらバトれる展開だよ。これ! ほら、レスでもYES押したら装備が具現化したって書いてある!」
「どんなリスクがあるかわかんねえのに、安易に首を突っ込む奴があるか! 七里、これはシャレにならねえから。とりあえず従ってくれ」
家族として、兄として、俺には七里を守る義務がある。好奇心は猫を殺すような真似を七里に許す訳にはいかない。
外の木のモンスターは、とりあえず室内に侵入してくる気配はない。おそらくはこちらに気づいてないだけだろうが、ぎりぎりまでは情報収集しても損はないだろう。
「わかった」
七里が神妙な顔をして頷いた。いつもは反抗的な七里だが、こういう時は素直に従ってくれる。
「とりあえず、情報が集まるまで時間を稼ごう。音を立てないでじっとしてるんだ。それと、由比ちゃんに連絡な。……親父たちの方は俺がやっておく」
「もうやってる……でも、携帯通じない」
七里が泣きそうな顔で首を振った。
「……心配するな。由比ちゃんがここに来るには江ノ電を使うはずだろ。真面目なあの娘なら、優先席付近とかに居て、電源を切っているだけかもしれない」
希望的観測であるのはわかってる。だけど、単なる善意だけで彼女を探しに飛び出すのは、ただの無謀だ。
俺は自分の携帯端末を開き、七里とは反対側の壁に投影する。早くもネットニュースには、情報が上がり始めてる。カロン・ファンタジアが停止したこと、そして、カロン・ファンタジアに存在したようなモンスターが突如、世界に出現し始めたこと――海外のサイトにはモンスターの被害者たちのグロ画像もちらほら見受けられた。
一応、警察への連絡も試みているが、皆同じことを考えているのか一向につながる気配はない。
「きゃあああああああああああああああああ!」
その時、絹を裂くような悲鳴が耳朶に響いた。
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