第37話 キャンプにて(2)

「こんにちは。突然、割って入ってすまない。君が鶴岡大和くんかい?」


 俺の目の前に現れたのは身長180cmは優に超えた大男だった。向こうの天幕からやってきたことや装備の質を見るに高ランクの冒険者らしいが、見覚えはない。俺は慌ててコマンドを開いて相手のステータスを確認する。


 NAME:ロック

 職業:パラディン

 ギルド:『石岩道カリッグピエール


「この人、『石岩道カリッグピエール]』のギルマスだよ。お兄ちゃん。『石岩道』はゲーム時代から防御力重視の手堅い攻略と、新規プレイヤー育成の手厚さで知られていたの。私の『入ってやってもいいギルドリスト』でも堂々の4位を獲得しているよ」


 七里が俺の後ろに隠れるようにしながら耳元で囁いてくる。半分ぐらいは無駄な七里情報だったが、ギルマスだと知れたのは検索する手間が省けて良い。


 俺はデバイスを開いて、ネットで『石岩道』の騒動以後の活動情報を拾い出す。出てきたソースは地方新聞や、SNSサイトの呟きなど微妙なものだ。ものすごいボスモンスターを倒したとかの目立ったニュースはなさそうだが、都市防衛で確実な成果を残しているらしい。どのSNSでも好意的な感謝の言葉が述べられていた。なんと、騒動直後は俺たちの住んでいる鎌倉の治安維持にも貢献してくれたらしい。


「はい。自分が鶴岡大和です。え……と、ロックさん。俺たちが住んでいる鎌倉も守ってくださってありがとうございます」


「あははは、今調べたろ?」


 ロックさんは豪快に笑ってから、そう突っ込んできた。


「はい。ごめんなさい」


 俺は素直に頭を下げた。もちろん、騒動以後の混乱の中で誰かが働いてくれたのは知っていた。だけど、それが具体的な『誰か』までは詳しく調べようとまではしなかった。こういう人間は俺だけじゃないと思うが、良くないことには違いない。


「いや、いいんだ。うちのギルドは地味だからなあ」


 また笑う。その度に彼の重層鎧がガチャガチャ揺れた。


「そんな謙遜しなくてもいいじゃなーい。そりゃあ、首都防衛軍の方は目立つ成果を残したから知名度は高いけどさ。私たちの軍部ではむしろ、あなたたちの継続的な戦闘遂行能力の方が評価高いのよ」


 鴨居さんがそう助け舟を出す。どうやら、ロックさんと面識があるらしい。


「また、またあ、そう言うならうちのギルドへの支援額増やしてくださいよ。結構、かつかつなんですから」


「私は一応、尉官だけど、まだまだ下っ端なので、何もできませーん。ま、お偉方はあなたたちに嫉妬してるのかもね? 自分たちの仕事を取られるかもって思って」


 鴨居さんが冗談とも本気とも、どちらとでもとれるような声で言う。


「それで、ええっと、自分に何の御用ですか?」


 横道にそれそうな話を戻す。


「ああ、今やレアジョブな裁縫士、しかもその中のトップクラスが、どんな奴か見て見たかっただけさ。本当はもっと早く連絡を取ってみたかったんだが、君、今、パブリックメッセージの受信を拒否してるだろ?」


「ああ、はい。色々めんどくさくて」


 今、俺がゲームのコマンド画面を通じてやりとりできるのは、『ザイ=ラマクカ』のメンバーと、ゲーム時代にすでに取引のあった人たちだけだ。ゲーム時代は普通にパブリックメッセージの受信を許可していたのだが、騒動以後はにわかに『裁縫士』が希少スキルになったせいで、スパムやら無茶な仕事の依頼やら、うざったいメッセージが来まくって処理しきれず、制限せざるをえなかったのだ。


「だろうなあ……もちろん、世界に裁縫士は君だけじゃないけれど、君の造る製品の質は抜群に良かったからね。市場オークションに出た君の装備はうちの後衛連中でも重宝に使わせてもらってるよ」



「それはありがとうございます……でも、自分としてはちょっと複雑ですね」


 俺はそう礼を言いつつ、苦笑する。


「それはどうしてだい?」


「俺の製品は全部オーダーメイドですから。その相手に合わせて心を込めてつくってるつもりです。それを、市場に流されるのは、あまり良い気分ではないですね」


「なるほどなー。素人考えでは、騒動以後に価値があがりまくった被服を大量生産して売りまくればウハウハに思えたんだが、職人としてのプライドがあるって訳だな」


 ロックさんは納得したように何度も頷く。


「いや、確かに裁縫に関しては色々こだわりがありますけど、騒動以後に市場に商品を出さなかったのは、別の理由ですよ」


 もちろん、裁縫好きとしてのこだわりはあるが、それはあくまでゲーム時代の話だ。今は現実に命に関わる危険が身近にあるのだから、できることなら稼ぎまくってより良い装備やアイテムを七里たちに与えてやりたいと考えている。


「別の理由?」


「……原材料を買う、金がないんです」


 俺は恥ずかしさに身を震わせて、ぼそぼそと答えた。


 ゲーム時代にギルドの財布を握っていたのは七里である。あいつは金が溜まったそばから新しい装備を買ってしまうアホのため、そもそも騒動以後にはほとんどギルドの資金はゼロに等しかった。じゃあ、七里の装備を売り払って金をつくれるかといえば、それも無理だ。七里は重い武具を装備もできないくせに、せっかく買った装備を絶対に売りたくないと言って、アイテムの所有権を手放さないのでどうしようもない。まあ、仮に手放したとしても、騒動以後は重装備ががくっと値下がりしてしまった上に、素材の方は法外に値上がりしているというダブルパンチな状況なので、詰んでいるのだが。


「はっはっは、なんだそういうことか。まあ、確かに今は市場の乱高下が激しいからな。体力のないギルドは何かと厳しいだろう。よく考えたら、儲かってるならこんなクエストに参加しなくてもいいものな」


 ロックさんがこちらを気遣うように目を細める。


「お恥ずかしい限りです」


 俺は照れ隠しに頭を掻いた。


「よしっ、そういうことなら、俺も力になれるかもしれないな。どうだい、うちのギルドに硬糸の服とかを納入してみないかい? 新兵用の簡単な装備だから、そこまで凝らなくてもいいし、サイズも良くあるS・M・L、とかで大丈夫なんだが。もし、受けてくれるなら材料費はこっちが持つぞ」


「え、いいんですか?」


 それならこっちに赤字になる可能性は全くない。ATモードで大量生産すればほとんど、無労働で金を手に入れられるようなものだ。


「もちろん。その代わりと言ってはなんだが、買い取り値は市場の六~七割にさせてもらってもいいか? さっきも言った通り、うちのギルドもそんなに余裕がある訳じゃないからな」


「ロックくんのギルドは、騒動後に新規登録したぺーぺーのユーザ―を入れちゃうようなお人よしだからねえ。正直、大変っしょ?」


「そうですねえ……まあ、楽とは言いませんが、カロン・ファンタジアユーザーの先達として、誰かがやらなきゃいけない仕事ですからね。いくら、ゲーム時代と比べてスキル習得の効率が下がったとは言っても、雑魚モンスターを討伐できる程度のレベルにまで上げるのは不可能ではないですし」


 スキルはオンラインゲームのご多分に漏れず、レベルが上がれば上がるほど、習得の効率が下がっていくシステムだ。逆に言えば、最初の方はゲームに馴染やすいようにポンポンレベルが上がる設定になっている。


「本当は自衛隊のうちらがそういうのは担当しなきゃいけないんだけどねえ、そこまでのノウハウがないのよ。ごめんねえ」


 鴨居さんが申し訳なさそうに目を伏せた。


「いやいや、ゲームの補正がないのにモンスターたちと渡り合う鴨居さんの方が正直すごいと思いますよ……それで、どうかな? ちょっと、買値は下がっても、俺の仕事受けてくれるか?」


 ロックさんは、首を左右に動かしてから、俺に水を向ける。


「当然です。むしろ、そんなにもらって申し訳ないくらいで」


 俺は一も二もなく頷いた。


 材料費とそれを仕入れるコスト管理の手間を考えれば、高すぎるくらいだ。


「話はまとまったな。詳細は後でメッセージで送るから。とりあえず、俺のアドレスを登録してくれ」


「はい」


 俺はデバイスでロックさんとのアドレス交換を終える。


「岩尾兄さん。ここにいましたか。皆が待っているので早く帰還してください」


 虚空から声がした。いや、違う。ロックさんの巨体に隠れて見えないのだ。


「ああ、礫(れき)か。ちょうど良かった。新人の装備不足の問題、解決したぞ。こちらの鶴岡くんが生産してくれるそうだ」


「そうですか」


「うおっ」


 突如、ロックさんの股ぐらの間から出現した人影に俺は驚きの声を漏らす。


 そこには、幼女がいた。背は七里を少し小さくしたくらい。髪は三つ編みで、縁なしの眼鏡をしている。顔立ちは、将来は美人になることを予感させるような整ったものだ。黒いローブに黒いマントを羽織り、手には紫の宝玉のついた杖を持っていた。どれも値の張りそうな高級装備なのだが、なぜか全て尺が余っていて、帽子はすぐにずり落ちそうになり何度も手で押さえていたし、ローブの裾は無理矢理丸めてたくし上げられていた。


 幼女は感情の読めないポーカーフェイスで、こちらをじっと凝視してくる。


 俺はまた、慌ててデバイスを探ろうと――


「この娘は、『石岩道』のサブギルドマスターで、ロックさんの妹だよ。ロックさんは、ギルマスだけどログイン頻度はそんなでもなくて、現場の指揮を執るのはもっぱら彼女だったの。ゲーム時代には、普通の美女だったんだけど、本体は幼女だったんだね。マジ萌える」


 NAME:レキ

 職業:付与魔法士(エンチャンター)

 ギルド:石岩道


 七里の説明の方が早かった。つーか、こいつはなんでそんなに詳しいんだ。それとも、俺がゲーム内の情報に疎いだけなのか。


 それにしても、見たとこ小学生なのに現場の指揮をするとか、すごいな。


「……あなたは、今、幼女の癖に生意気だ、という目をしましたね」


 レキちゃんは瞬間、目を細めそう断定してきた。


「いや、すごいな、とは思ったけど、そんな目はしてないです」


 俺はきっぱりと否定する。


「はっはは。すまんな、レキは騒動以後、リアルバレして、見た目のことを散々からかわれたからナーバスになってんだ」


 ロックさんは、俺に軽く頭を下げて、レキちゃんを抱き上げて、肩にのせる。その姿はまるでゴーレムと、それを操る人形師(マリオネッター)だ。


「そんなに気にしなくてもいいじゃない。レキちゃんかわいいわよ。それにしても天才兄妹よねえ……ロックくんは総合商社勤めのスーパーエリートだし、レキちゃんはその年で大規模戦闘を仕切れる器だし」


 鴨居さんがそう二人を褒め称える。


「やめてくださいよー、おおげさだなー。それに会社の方は騒動以後はギルドの管理が忙しすぎて、籍だけ置かせてもらってる形ですしねー」


 なるほど。商社は激務だって聞くし、それならログインできないのも納得だ。


「岩尾兄さん、揺れると落ちるのでへこへこしないでください」


 レキちゃんがロックさんの頭を叩く。というか、レキちゃん結構毒舌だな。


「今は冒険の方に集中されてる、ということは、今回のクエストの指揮もロックさんが?」


「いえ、私ですが何か問題でも? 幼女が指揮するなんて、調子のんなと思ってるんですね?」


「思ってないです。ごめんなさい」


 俺はレキちゃんに頭を下げた。


「俺は前衛職だし、レキの方が指揮を執るのに慣れているからなあ、使い走りみたいなもんだよ」


 ロックさんがそう苦笑しながら謙遜した。確かに、前衛職は、一番前で苛烈な攻撃にさらされる職業柄、全体の戦況を把握するのには向いてないというのは事実だが。


「戦術と戦略の違いです。岩尾兄さんは、ギルド全体の方針などを定め、私が実際のクエストを仕切るのです」


「なるほどー」


 俺は頷きと共にそう相槌を打った。ロックさんがギルド全体の経営をして、現場はレキちゃんが動かすシステムなのだろう。


「それより、兄さん。最後の作戦確認をするので、そろそろ」


「ああ。それじゃあ、鶴岡くん。またな、今日のクエスト、一緒に成功させようぜ!」


「はい! よろしくお願いします」


 拳を掲げるロックさんに、俺は一礼で応えた。


 ロックさんが、レキちゃんを肩にのせたまま、のしのしと自分のテントに戻っていく。


「うはー、やっぱ、大きなとこのギルマスはすごいねー。お兄ちゃん」


 ロックさんの姿が見えなくなった後、なぜか、俺より緊張していたらしい七里が、大きく息を吐きだした。


「うん。なんか、『お父さん』って感じでしたね」


 いつの間にカレーを食べ終わっていた由比が、口を濡れティッシュで拭いながら頷く。


「ああ、むっちゃ頼りがいがある感じだったな」


 会ったばかりだが、俺はロックさんには敬意を覚えていた。ちょっぴり厄介そうな妹がいるところにも親近感を覚える。もちろん、ギルドとしてのランクは全然違うから、向こうにしてみれば失礼な感じかもしれないが。


「でしょー、彼は先行者だけど、殿として私たちの最後尾についてもらったから、いざという時には駆けつけてくれるわよー」


 鴨居さんが自信ありげにいった。鴨居さんがギルドの配置にも絡んでるのかもしれない。


「へえー、なら、安心ですね」


 俺は再び地べたに座り、残りのカレーを急いで掻き込む。先ほどまで感じていた言い知れぬ恐怖心は、いつの間にかやわらいでいた。これもロックさんの人柄のおかげだろうか。


「余裕を持つのはいいけど、ウチは自分の身を守るのは自分だって覚悟を決めておいた方がいいと思う」


 食事を終えた腰越は、淡々と虚空に手を這わせ、苦手な操作を克服しようとしていた。

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