第89話 ラストトライ

「大和! 何か思いついたの!?」


「さすがは兄さんです!」


「鶴岡さん! 本当ですか!?」


 ぱっと表情を輝かせる面々に、俺は不敵な笑みだけで返答する。


「そうですねー。おそらく、十台では厳しいですが、十五台あればまず確実でしょうー」


 カニスが俺の先ほどの質問に、早口でそう答える。


「なら、俺たちだけじゃモービルの数が足りない。エシュ族にも協力してもらえるよう、カニスから説得して欲しい。できる?」


「わふっ。やってみせませしょうー」


 カニスが力強く頷く。


「ありがとう!」


「ただ……」


 そこでカニスが言葉を区切り、表情を曇らせる。


「ただ?」


「今、私が説得に使おうと思っている手法はー、かなり強引でー、しかもあなたにー、後々、かなりの負担を強いる方法ですがー。それでもー、構いませんかー?」


「うん。構わないよ。俺一人の命でどうにかなるなら」


 どの道、ここでプドロティスを倒せなければ、俺たちは死ぬのだ。どんな負担かしらないが、何だって払ってやる。


「わふっ。言い方が悪かったですかねー。命まではいきませんよー。部族の事情とかが絡んでくるんで一言で説明するのは難しいですがー、ただ、もう『普通の高校生』に戻れなくなることはー、覚悟していて欲しい感じというかー」


「なんだそんなことか。よくわからないけどいいよ。皆が助けられるなら。普通なんかじゃなくなっても」


 俺はほっと胸を撫で下ろして答えた。


「わかりましたー。では、交渉に入りますー」

 カニスが口の端を上げて、頷く。


「お願い。後、時間がないから、カニスが交渉している間に俺の思いついた作戦の説明をはじめさせてもらうよ」


「はいー。……預言……王……エシュ族……未来……」


 カニスが頷いて、単語が途切れ途切れに聞こえる程度の音量で交渉を始める。


「みんな。聞いてくれ。俺がこれから言う作戦は無茶かもしれない。でも、俺の頭じゃ、あの『邪竜の霧衣』を何とかして、『逆鱗』に辿り着く方法は、この一つしか思いつかなかった」


「いいから早く言うにゃ!」


 マオが急かす。


「うん――俺は、プドロティスの頭に、石像を叩きつけてやるつもりだ」


 俺はもう一度自分の思考を整理するように、ゆっくりと言葉を吐きだした。


                  






 山肌に二十台のモービルが、円陣を組んで並ぶ。


 その内の、十五台は無人、残りの五台の操縦席には、マオとその子分が乗り、その後ろにはもちろん、俺を含む、五人の冒険者が乗る予定になっている。


「大和! ロープ、結び終わったよ」


 瀬成が、『縫い止め』に使っているロープの片方を、モービルの一体に固く結びつけてくれた。ただの固結びじゃなくて、アウトドアとかで使いそうな本格的なやり方っぽい。


 もう片方の端には、当然、俺が最高の素材と技術をつぎ込んで作り上げた網がある。その網にくるまれているのは、急遽モービルでプドロティスの巣から運んできた、哀れな冒険者たちの石像。さらにその下敷きになっているのは、先ほどの二十台とは別の、もう十台の無人のモービルだった。


「ありがとう」


 瀬成にそう礼を言いながら、俺はその網の結び目を点検する。


 もちろん、『至鋼』製の糸は、石化や雑魚モンスターの攻撃なんかでダメになるほど柔ではないが、それでも編み目が広がってしまうことはあるから。


 これから俺が試みようとしている冒涜的な行為のことを考えれば、彼らには申し訳なさでいっぱいだ。だけど、もう一日、二日もすればどのみち彼らの命は失われる。その事に比べれば、俺が彼らを一時的に便利な道具として使ってしまうことくらい、笑って許してくれるだろう。


「お義兄ちゃん。ここちょっとおかしいよ」


「兄さん。ここもです」


「こちらは問題ないようです」


 そんな自己弁護じみたことを考えながら、俺は七里たちが発見してくれた、先程の雑魚モンスターとの戦闘で発生した微妙な網のほころびを、スキルを使って一瞬で繕う。


 これで、全ての準備は整った。


「よし。出来た。じゃあ、早くモービルに戻ろう」


 そう皆に合図をする。


 俺たちの一連の作業を、エシュ族は遠巻きにじっと観察していた。


 カニスの交渉のおかげで、モービルを貸し出すことこそは了承したらしいエシュ族だったが、作戦を共にするつもりは全くないようだ。


 そんな彼らを尻目に、俺は小走りで円の中心に位置する、マオの乗ったモービルまで駆け戻り、その後ろの席に腰かける。


 作戦の実行に当たって、迅速に意思の疎通をする必要があるため、七里と席を交換したのだ。


「オートパイロット、車間距離制御装置の起動を確認しましたー。二十台全てのモービルの動きは、指揮車のマオに連動させましたー。もちろん、錘を持ち上げる用の十台の遠隔操作の設定も完璧ですー。後は、マオの腕次第ですよー?」


 あっという間に全てのモービルの調整を終えたカニスが、その内の一台に飛び乗る。


「任せるにゃ! それにしても、石化した奴らを錘(おもり)代わりにしてプドロティスにぶつけようなんて発想、一体どこから出てくるにゃ? お前も坊主かにゃ?」


 眼前でハンドルを握るマオが、首だけで振り向いて、俺に恐れと感心が入り混じった表情を向けてくる。


「……坊主じゃないよ。むしろ、無神論者――かな」


 世界をこんなふざけた状況にした超越的な存在とやらはいるかもしれない。だけど、それはきっと神と呼べるような高尚な存在ではないだろう。もし、今のこの状況が神様の思し召しだとでも言うなら、何とも悪趣味で、無思慮な、センスのないプロデューサーだ。神って奴は。


「にゃにゃにゃ! やっぱり、人間ってやばいにゃあああああああ!」


 俺の平均的な日本人回答のどこにツボがあったのか、マオが楽しそうに哄笑して、ハンドルを引いた。


 二十台のモービルが、お互いにわずかに拳二つ分ほどの距離を開けて、夜空に舞い上がる。


 残りの十台のモービルも、淀みない動作で網にくるまれた石像の冒険者たちを持ち上げはじめる。


 

 残り、60秒。



 それで、全てが決まる。

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