第88話 漢の意地

 結局、特攻作戦に参加した冒険者の内、助かったのは俺たち五人だけだった。


 明暗を分けたのは、言うまでもなくプドロティスと俺たちの彼我(ひが)の距離だった。雑魚モンスター狩りをするために、プドロティスから離れていたおかげで、辛うじて助かることができたのだ。


「しかし、兄さん。なぜ、プドロティスの『邪竜の雲衣』が発動したのでしょう。あれは残存HPゲージが三割未満にならなければ発動しない技のはずでは?」


 由比が呆然とした声で呟いた。


「なんでだろうな。……俺たちが戦闘で工夫できるようになったのと同じで、モンスターもある程度の自由が効くようになったのかもしれない。もしくは、俺たちが技の発動の条件を正確に把握していなかったのかも」


 思えば、前に丹沢山麓のゴブリンの『自らの命で生贄の不足分を補う』という行動も、ゲーム時代にはありえないものだった。プドロティスが高度な知能の持つならば、自分の判断で一番効果の大きいタイミングで技を発動してきてもおかしくない。


 また、『邪竜の霧衣が残存HPゲージが三割未満にならなければ発動しない』というのも、あくまでプレイヤー有志が、トライ&エラーを繰り返した結果導き出した、ゲーム時代の経験則に過ぎず、公式から何ら名言された条件ではない。例えば、実は技発動の条件が『プレイヤーの次の攻撃でHPが三割未満になる可能性がある場合に発動可能』という条件だったとしても、俺たちに知る術はないのだ。なにせ、プドロティスの弱点狙いに全てをかけて特攻するなんて作戦をとったのは、俺たちが初めてなのだから。


「――だったのでしょうか」


 礫ちゃんがこちらが聞き取れないような音量で何事かを呟いて、身体を震わせる。


「礫ちゃん?」


「岩尾兄さんが、命をかけた作戦はただの無駄だったのでしょうか」


 礫ちゃんが震える声でそう言い直し、瞳からはらはらと涙を流す。


「……無駄にはさせないよ。ロックさんの決意も、石上の献身も」


 逃げることばかり考えていた。


 凌ぐことばかり考えていた。


 でも、もう全ての退路は立たれた。


 俺たち五人――獣人たちを合せても十人だけで、プドロティスの追跡をかわし続けることが不可能なことはもはや自明だ。


 そして、いくら俺だって、目の前で熱い二人のおとこ生き様と兄想いの幼女の涙を見せられてもなお奮い立ないほど、意気地なしじゃないつもりだ。


「お義兄ちゃん。でも、ロックさんの『魂の玉壁』、後、二分くらいしかもたないよ!」


「ああ、わかっている」


 俺は全ての神経を思考に集中させるように、静かに目を閉じた。


 七里の言う通り、俺たちがまともにプドロティスに攻撃を当てられるのは、敵の位置が固定されているロックさんのスキルが生きている間だけ。


 残された時間はあまりにも少なく、立ちはだかる壁は途方もなく高い。


 残った戦力は、日和見主義らしいエシュ族と、中堅クラスの力しか持たない、六人の冒険者だけ。従って、正攻法は論外だ。


 敵はほとんど無傷と言っても良い状況で存在し、『邪竜の霧衣』のせいで、近づくことさえままならない。これでは、どうやっても『逆鱗』まで辿り着ける気はしない。


 なら、『眠りの雲(スリープクラウド)』や、『閃光スタン』など、何らかの魔法で行動不能状態ダウンを取るか? そうすれば、一時的にしろ、敵の『邪竜の霧衣』はキャンセルされるだろう。


 否。もちろん、ありえない。


 相手は、仮にもラスボス。しかも、状態異常耐性においては最強と言ってもいいプドロティスだ。攻撃後硬直なんてないし、麻痺も、眠りも、毒も、麻痺も、小手先の絡め手なんて全部はねのけてしまう。そもそも、そんな雑魚相手に使うような方法が利くなら、ロックさんが命をかけて『魂の玉壁』を使う必要なんて全くないじゃないか。


 『製錬』は? 『製糸は?』


 馬鹿の一つ覚えじゃないんだぞ。エルドラドゴーレムと同じ物理的生命体だっていったって、あっちは無機物。プドロティスは生物だ。そんなもの利くか!


 そう自分自身に突っ込んでみても、状況は変わらない。


 誰か教えてくれ、あのとてつもない化け物を殺す方法を。


「にゃー。何が伝説の邪竜にゃ! ちょっとでかい鳥の分際で生意気にゃ! もし、マオがもっと大きかったら、ブーメランで一撃でぶった押してやるのににゃー!」


 俺に天啓を与えたのは、その時、ふと耳朶に響いたマオの苦し紛れの強がりだった。


 その勝ち気な獣人の言葉が、俺に、プドロティスを人間と同じレベルで捉える余裕を生んだ。


 そうだ。弱点は何も『逆鱗』だけじゃない。奴も人間と同じ生物である以上、どうしても変えられない構造上の弱点は必ずある。


 それは、例えば心臓。


 そして、それは、例えば脳。


 きっかけを得さえすれば、思考はドミノ倒しのように一つの目的に向かって回答を導き出す。


 これだ。


 これしかない。


「カニス。ちょっと聞きたいんだけど」


 俺は興奮を押し隠すように、震える声でカニスに話しかける。


「わふ? なんでしょう?」


「一トンくらいの質量を振り回すには、何台のモービルがあればいい?」


 俺の唐突な問いに、カニスはものすごい勢いでそのふさふさの尻尾を直立させた。

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