第123話 ヴェステデゼール

「ダイゴさん! 今から、ヴェステデゼールを丸裸にします! だから協力してください!」


 装甲車を飛び出しながら、俺はダイゴにデバイスで通信をして叫ぶ。


「マスター待っててくださいっす! 今度こそお役に立つっす!」


 俺に続いて、ピャミさんも外へと足を踏み出した。


『ああ!? てめえら本気で言ってんのか?』


 ダイゴががなり声をあげて言う。


 戦況が遅々として好転しないからか、かなり不機嫌そうだ。


「はい! 比喩ではなく、命を懸けます! だから、ダイゴさん! 俺を空中に抱き上げてください!」


 俺はそう要求しながら、ダイゴの下へと駆けた。


 やがて、直接会話ができる距離にまで到達する。


 少し遅れて、ピャミさんもやってきた。


「はあ!? てめえホモかよ! 何が悲しくて俺様が野郎を抱き上げなきゃならねえんだ!」


 ダイゴが俺をにらみつけて叫ぶ。


「説明してる暇があるですか!? こうしている間にも、他の国がヴェステデゼールを討伐するかもしれないんですよ! そっちは何回もアタックして倒せてないんだから、一回くらい俺に協力してくれてもいいじゃないですか!」


「あああああああああああ! てめえほざきやがったなクソが! いいだろう! 協力してやるが、ふざけた作戦でミスったら殺すぞ! 生きてたら殺す。死んでても死体をオーバーキルして二度殺す!」


 俺に命令されるのがよほどむかついたのか、ダイゴは剣を何度も砂に突きさしながら言った。


「ああ、それでいいですから、さっさと俺を抱き上げてください! 後、『首都防衛軍』の他の皆さんには人数分の自動人形を抱き上げてもらいます! そして、地上から十分に距離を取ってください」


 俺はダイゴの脅迫じみた宣言を受け流し、追加の指令を下した。


 由比の操る自動人形が、首都防衛軍のメンバーの真下に移動する。


「お前ら! 道化なる裁縫士が曲芸を見せてくれるそうだ! とりあえず力を貸してやれ! もしクソくだらない芸だったら、ブーイングの代わりに全力の攻撃をおみまいしろ!」


 ダイゴの命令で、首都防衛軍が降下し、それぞれが一体の自動人形を抱えて浮遊する。


「ありがとうございます! じゃあ、ピャミさんは先ほどお話しした通り、早速、臭い袋のアイテムを使ってください」


「了解っす!」


 ピャミさんが臭い袋を発動する。


 これで、ピャミさんもヴェステデゼールのランダム攻撃のリストに載ったという訳だ。


 後はじっと機会を待つ。


 俺の首筋から、三滴の汗がこぼれるほどの時間が経った時、それは訪れた。


 ひっくり返した砂時計のように、砂漠が下に流れ始める。


「ピャミさん! 今です!」


 俺はあらん限りの声で叫ぶ。


「『人は億、真砂は兆、阿曽儀の星の那由多の銀河の不可思議宇宙の源は、創世の一閃! 終わりの始まりと始まりの終わりを統べる奇跡! 永遠を無に帰せ! ビッグバンメテオストリーム!』」


 ピャミさんが詠唱を始める。


 彼女の手にした大杖が、破滅的な威力の魔法を吐き出す。


 その先端は、完全にゼロ距離で砂漠と接地していた。


 鼓膜が破れるほどの爆音が、周囲に拡散していく。


 あまりの勢いに、詠唱者のピャミさん自身が上へと思いっきり吹っ飛んだ。


 瀬成の操る自動人形が、落下地点へと走り、意識を消失したピャミさんをキャッチする。


 奴隷と呼ばれた少女がその魂を代償に放った魔法により、発動地点の地面にはぽっかりとクレーターが空き、隠遁を決め込んでいたヴェステデゼールの全容がついに明らかになった。


 全長500メートルを超えるミミズ型の化け物は、何が起こったか理解できないようにぽかんと大口を開けている。もちろん、ビッグバンメテオストリームによるダメージは皆無だ。


「さあ! 『首都防衛軍』の皆さん! 全員手を放して!」


 俺は叫んだ。


 下半身がヒュンとするような浮遊感を感じながら、たくさんの自動人形と一緒に、俺はクレーターへと落下していく。


 着地した瞬間、俺は底面に手をついた。


 焼き物師のスキルで、すでに崩れ始めている周囲の砂全てを、レンガへと変化させていく。


 ビュビュ!


 ビュ!


 ビュビュビュビュビュ!


 ようやく事態を把握したヴェステデゼールが、狂ったように身体をくねらせ、俺に向けて粘液を放ってくる。


 由比の操る自動人形が俺の周りに群がり、全ての攻撃の身代わりとなる。


 その隙に、俺はさらにもう一つの生産をコマンド――『錬金』のスキルをタップする。


 ただのレンガだった周囲の壁が、強化されてメタリックな輝きを放ち始めた。


 ピャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 不利を悟ったヴェステデゼールが、赤子のような鳴き声を上げながら、安全地帯に潜ろうと頭を下に向ける。


 しかし、その必死の待避行動は、醜いブヨブヨとした身体を床にこすりつける空しい努力に終わった。

 もう、ヴェステデゼールに逃げ場はない。


「ははははははは! 中々おもしろい曲芸を見せてくれるじゃねえか! さあ! お前らこの最高の『道化』におひねりをくれてやれ!」


 ダイゴが哄笑し、喜々として仲間たちに攻撃の命令を下す。


 魔法使いが詠唱を始め、アーチャーが弓を構え、ダイゴたち前衛が武器を振りかぶった。


「ちょっ、まだ俺が避難してないんですけど!」


『兄さん! 上を見てください! 瀬成さんの自動人形に捕まって!』


 デバイス越しに由比の叫び声が聞こえる。


 一体の自動人形が、こちらに向かって手を伸ばしていた。


「『縫い止め!』」


 俺はスキルを放ち、自動人形のボディーに糸をひっかける。


 糸が絡みついたことを確認した瞬間、自動人形が思いっきり外側へと跳ね、俺の身体をクレーターから救い出した。


 グチャベチョヌチャケチャブチっ!


 『首都防衛軍』の全力攻撃が、ありとあらゆる陰惨な音を立てて、ヴェステデゼールを傷つけていく。

「最後は俺様だあああああああああ! 《剣神覇斬》!」


 ダイゴが渾身のソードスキルを放つ。


 回避のしようもなく、真正面から最凶の英雄コンキスタドールの必殺技を受けたヴェステデゼールは、成す術なく真っ二つに裂けた。



『プレイヤー・ダイゴが『ヴェステデゼール』を討伐しました。所定の条件を満たしたため、現階層中心部に、新階層へと続く階段が出現します』



 無感情なシステムメッセージが、俺たちの勝利を確定させる。


『やりましたね! 兄さん!』


『さすがです。ご主人様』


『大和! 大丈夫!? 怪我はない?』


「ああ。大丈夫。みんな、完璧なフォローありがとう」


 俺は仲間たちにそう礼を言って、バクバクする心臓をなだめるように大きく深呼吸した。


『oh! コングラッチュレーション! ミスターダイゴ! 裁縫士のボーイもナイスなアシストだったよ! ha!ha!ha!』


 デバイスの共同チャットに、即座にチーフの祝福のメッセージが舞い込んでくる。


『……しかし、これで中国とアメリカと日本が、それぞれ二体ずつのボスモンスター討伐の成績で並んでしまったぞ。競争は同着だ。可能性の束は、一体、誰のものになる? 仲良く三国で分けるのか?』


 黒蛟が静かに会話に割り込んできた。


『NO! そんな共産主義的な考えはナンセンス! 機会は平等! しかし、勝者はただ一人! それが資本主義の掟というものさ』


 チーフがきっぱりと曖昧な決着を拒絶する。


「なら、延長戦といこうぜ。プレネスゴミ運営様のメッセージによれば、二階層目の『地上』には三つの王国――つまり攻略対象があるはずだ。今度はそいつらをネタに競争するんだ。このまま、誰が一番かわかんねえままだと、キレの悪い糞みたいで気持ち悪いだろう?」


『OK! 第二ラウンドのスタートという訳だね。ミーはMr.ダイゴの意見に賛成するよ』


『いいだろう。集団戦は、我々の得意分野だ。後悔するなよ』


 ダイゴの提案に、チーフと黒蛟が口々に承諾の意を伝えてくる。


 こうして勝負は持ち越され、俺たちは何とか希望の糸をつなぐことができたのだった。



 Quest completed


 討伐モンスター

 デスマーチ128

 ベルゼブブ43

 万足ムカデ26

 ヴェステデゼール1


 戦利品

 なし


 報酬

 なし

 

                       

  

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