第104話 妹の矜持(2)

「では、僭越ながらお話させて頂きます。――突然ですが、皆さんは、付与魔術師が使える魔法の一つである『ソウルチェンジ』をご存じですか?」


「なにそれ」


 礫の問いに、瀬成が頭に疑問符を浮かべる。


「確か、対象のモンスターとプレイヤーの意識を入れ替える魔法ですよね? 例えば、瀬成さんをモンスター、私をプレイヤーとすれば、今ここでこのメイド娘が魔法を詠唱すると、古臭いラブコメみたいに、あなたと私の中身が入れ替わるという訳です」


「へえー。っていうか、なんでウチをモンスター役にしたし」


 瀬成がジト目で由比を見つめてくる。


「兄さんの心を盗んだ怪物ですから、当然です」


 由比は鼻をツンっと上にそらして、昂然と言い返した。


「……話を続けます。ソウルチェンジは、中々興味深い魔法なのですが、ゲーム時代は使用頻度は多くありませんでした。その理由としては、まず第一に、大抵の場合、プレイヤーはモンスターと戦う場合、同等か、もしくはそれ以上の実力を備えてから挑むので、敵の身体と交換するメリットが薄いこと。第二に、ソウルチェンジは継続魔法という特殊な詠唱形式を取っており、この魔法を使っている間、私はずっと詠唱を続けなければいけないという大きな制約があるということが挙げられます。その分、クールタイムはありませんし、効果範囲も膨大なのですが、ソウルチェンジを使っている間他の魔法が全く使えないというのは、かなり厳しい縛りです」


「プレイヤー二人の行動が縛られる割には、しょぼい魔法ですよね。その癖、ボスモンスターは大抵、そういうキワモノの魔法に対する耐性を持っているので効きませんし」


 由比は礫の言葉に頷く。


 由比の記憶では、ゲーム時代のソウルチェンジはいわゆるネタスキルというか、戦闘に余裕がある時にお遊びで使うタイプの魔法だった気がする。


「ふーん、その魔法については分かったけど、それとウチが大和の役に立てることが、どうつながるの?」


「はい。重要なのはここからです。実はあまり知られていませんが、この魔法はモンスター以外に対しても有効なのです。例えば、人形のような無機物とも意識を入れ替えることができます」


「……なるほど、読めてきましたよ。あなたは瀬成さんと人形をソウルチェンジして戦わせようというんですね」


「ご明察です」


 由比が先を継ぐように言うと、礫がそれに応えて一礼する。


「う、ウチが人形と入れ替わるの? それで強くなれる訳?」


 瀬成が半信半疑な口調で問う。


「人形といっても、人形使いが用いている自動人形オートマタのような高度なアイテムともなれば、上級モンスターとも渡り合えるほどの潜在能力スペックを秘めています。これまでのお話や戦闘を拝見する限り、腰越さんは武道の経験がおありで、高い直接戦闘のセンスをお持ちのようですから、自動人形の身体で戦われれば、本来の才能を十二分に発揮できると考えています。万が一モンスターにやられても、人形の身体が壊れるだけならば安全ですし」


 礫は滔々と語って聞かせた。


 由比も、確かにこのメイド娘の言う通りだと思う。


 人形の身体ならば、負傷を気にせずきわどい戦法を取ることも可能になる。


 ゲーム時代ならいざしらず、カロンファンタジアが現実化し、戦闘とリアルの死が直結した現在において、このメリットは相当に大きい。


「確かにウチは一応、剣道の段位は持ってるけど……本当にそんなに簡単に強くなれるの? なんかズルっぽいんだけど」


「もちろん、簡単ではありません。無機物の身体に感覚が慣れるまでは激しい不快感に苛まれるでしょうし、それを使いこなすとなればさらに大変です」


「でも、それを乗り越えれば、強くなれるの?」


「はい。少なくとも、ご主人様の役に立てるということは保障します」


 瀬成の疑念に、礫が力強く頷いて答えた。


「なら。やる。ううん。やらせて! ウチは大和の力になりたい」


 瀬成がきつく拳を握りしめて言う。


「ちょっと待ってください。何かいい感じでまとまった雰囲気出してますけど、私はどうなるんですか? 仲間外れですか?」


 由比は慌てて問うた。


「いえ、もちろん、藤沢さんにも働いて頂きます。自動人形は、専門職の人形使い以外でも、一応アイテムとして使用し、命令を下せることはご存じですね? 藤沢さんには、多数の人形の司令官となって頂きます」


「はあ? つまり私が人形の軍隊の指揮を執るということですか? でも、人形使いのスキルがないと遠隔操作の自動人形はその本来の戦闘能力の半分も発揮できないはずですよね? 瀬成さんのように直接身体を乗っ取るならともかく、遠隔操作では戦闘の役に立たないでしょう」


 由比はデバイスで、人形使いのスキルについて調べながら問う。


 やはり、スキルなしの状態で自動人形を使っても、せいぜい初級レベルのモンスターを梅雨払いするくらいのことしかできなさそうだ。


「そうです。ですが、何も自動人形の用途は戦うばかりじゃありません。偵察や警戒など、直接戦闘以外の任務にも使えます」


 礫が意味深に言う。


「ええ。それはわかってますけど、人形を使って偵察するにも人形遣いのスキルがないと――いや、必ずしもいりませんか。今は、ゲーム時代じゃないんですから」


 由比は途中まで否定の言葉を発しかけて気が付いた。


 何も、杓子定規にゲーム時代のセオリーを守る必要はないのだ。大和が裁縫のスキルを工夫して成功したように、ゲーム時代には使い勝手の悪かったアイテムだって工夫の余地は残っている。


「ええ。今はもう、私たちはゲームの中にいる訳じゃありませんから、必ずしもカロンファンタジアのスキルに拘泥する必要はありません。文明の利器を存分に利用すればいいんです。直接モンスターのダメージを与える武器類には、現代兵器補正がかかりますが、ビデオカメラで撮った周囲の景色にたまたま・・・・モンスターが映ってしまったとしても、それを咎めるルールはないはずです」


「なるほど。考えましたね。自動人形にウェアブルカメラを装着させれば、偵察はできますね。それどころか、複数体の自動人形を広範囲に配置し、警戒網を構築することも可能です。もしモンスターが出てくれば、それに一番近い人形と瀬成さんをソウルチェンジして、攻撃させる訳ですね」


 由比は状況を監視し、指示を出す。


 礫はソウルチェンジの魔法を使い、自動人形をスイッチングする。


 瀬成は自動人形に意識を乗り移らせて戦う。


 そういう役割分担な訳だ。


「はい。これならば、ご主人様の領地の管理にも仕えますし、あの方がダンジョンに潜る際にも、その負担を減らすことくらいはできるでしょう」


 礫が我が意を得たりとばかりに頷いた。


「よかった。これで、ウチ、大和の側にいてもいいんだね」


 瀬成が無邪気な乙女の笑顔を浮かべる。


 少し羨ましい。


 あんな自然な笑顔はきっと、由比にはできないだろうから。


「作戦に納得して頂いたようで恐縮です。しかし、実はまだ一つ問題が残っておりまして……」


 礫が小声でそう切り出した。


「何ですか?」


「高性能のウェアブルカメラを何十、何百も揃えるとなると、かなりのお金がかかります。ですが、私にはその、岩尾兄さんから貰っているお小遣いくらいしか現金収入がないので、どうやって調達しようかと思いまして」


 礫が申し訳なさそうに視線を伏せる。


「なんだ。そんなことですか。リアルマネーのことなら心配しないでください。情報機材は全部私が揃えます。それより、瀬成さんがソウルチェンジするための自動人形はどうしますか?」


 由比は無関心な親から毎月生活費としてかなりの額をぶんどっている。


 ウェアブルカメラを用意するくらい、造作もないことだ。それよりも、現金で入手しにくいカロンファンタジア内のアイテムの方が問題である。


「そうですね。効率的には、ご主人様の生産スキルで大量生産して頂くのが一番ですし、資金的にも安上がりだと思いますが……どうしますか? もうご主人様に話を持っていきますか?」


 礫がそう言って、由比と瀬成の顔を窺う。


「ウチ的には、先に人形で戦えるようになってから大和に見せたいかな。お願いするなら、まずウチたちが努力して、自立した姿を見せてからでしょ?」


 瀬成がまた綺麗ごとの正論を言う。


 だが今回ばかりは賛成だ。


「もし上手くいかなかったら、兄さんの手を煩わせるだけになりますし、私も先に実験をしておいた方がいいと思います」


「わかりました。では、ご主人様に話をするのはある程度、作戦の成果が出てからにしましょう。それまではオークション機能で安物の自動人形を入手して練習するということで」


 礫が由比の言葉に頷いて言う。


「わかった。頑張る!」


 瀬成がそう宣言して、気合を入れるように頬を叩いた。


「じゃあ、とりあえず、戴冠式の日を作戦の完成の目標期限にしましょうか。余興という名目で曲芸でもやって異世界人たちに存分にアピールしてやりましょう。兄さんには私たちがいるということを見せつけてやるんです」


 由比はそう提案すると、デバイスでスケジュール機能を呼び出し、件の日にチェックを入れる。


 ネタというのは開示する日も重要だ。


 ぽっと出のマオやカニスに、そう簡単に大和の人生をくれてやるものか。


「かしこまりました」


 礫が頷く。


「で、作戦が成功したら、瀬成さんは兄さんにプロポーズしてください。力を手に入れて、側にいる資格が出来た以上、もはや反対する理由はありませんよね」


 由比は有無を言わせない口調で釘を刺す。


 瀬成のためにしちめんどくさい手順を踏んでまでお膳立てしてやるのだから、拒否はさせない。


「う、うん。がんばる」


 瀬成がはにかみと共に頷く。


「いいでしょう。じゃあ早速ウェアブルカメラを注文します」


 由比は満足げにそう言って、デバイスをいじってウェアブルカメラを取り扱っている通販サイトを呼び出す。


 話はまとまった。


 後は粛々と実行するだけだ。

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