第46話 ロックソウル
「なんでAクラスのモンスターがこんなところにいるんだあああ」
「助けてくれええええええええええええ」
「瓦礫は!? 瓦礫は何とかできないのか!?」
いきなりのボス登場に加え、乱立するゴーレムに、辺りは大混乱に陥っていた。ただ逃げ惑う者、強者と合流しようと瓦礫の壁をこじあけようとする者。しかし、エルドラドゴーレムに立ち向かおうとする者は皆無だ。
俺は役立たずの宝珠に瞬時に見切りをつけ、殴るようにアイテムボックスを閉じた。
「うわああああああああああ」
エルドラドゴーレムは、その腕を頭の上に伸ばした。悲痛に顔を歪め、頭にしがみついているのは、むさくるしい中年の男だ。ゴーレムとの縮尺の差でいえば、男はあまりにも卑小で、その怯えた仕草も手伝って、まるで赤ん坊のようだ。
そして、高い高いをされるはめになった悲運の冒険者を握りつぶさんと、その五指が伸びる。
「案山子!」
ロックさんが、ゴーレムにも負けない大音量で叫ぶ。スキルに誘導されたエルドラドゴーレムは、ぴたりと動きを止め、こちらにその魂のない瞳を向けた。
「敵は俺が引きつけておく!」
「ロックさん! 俺はどうすれば!?」
俺は助けを求めるように先達の冒険者であるロックさんに、疑問を投げかける。
「知らん! 俺もこういう事態は初めてだ! それに戦術の考案は礫の役目だからな!」
ロックさんは満面の笑みでそう答える。
「でも、ロックさんのスキルだって、ずっと続く訳じゃないですよね!? 無計画って訳には!」
「よし! じゃあ、お前が頑張って、俺たちを救え! この難局を打開してみせろ!」
ロックさんがこちらに向けて陽気にサムズアップする。
「ええええええええええ」
無茶ぶりが過ぎる。俺はただの裁縫士だぞ!?
「信じてるぞ! お前は誰かを守れる男だ!」
励ますように俺の胸を叩き、ロックさんは俺から距離をとる。エルドラドゴーレムがその巨体を揺らし、ロックさんの方に駆けていく。見た目よりは機敏な動作だった。
ボスが離れたのを見た、七里たちがこちらに向けて駆けてくる。
俺も彼女たちと合流するために走った。
「お、お、お、義兄ちゃん。どうしよう! アイテム使えない! 使えないー!」
「わかったから落ち着け」
どもりまくる七里の肩に手を両手で叩く。
俺自身も動揺しているが、七里のきょどりっぷりを見てると却って落ち着いてきた。
「だって! え、エルドラドゴーレムだよ! Bランクのボスモンスターだよ! っていうことは実質、Aランクの中ボスくらい強いじゃん! 無理ゲーだよ!」
「ゲーム時代の私たちでも120%敵わない相手ですからね。今の戦力ではとても……」
由比はそう呟いて、不安そうにこちらの裾を握ってきた。
「そんなにやばいの? 確かに攻撃を食らったらやばそうだけど、あれくらいなら普通にかわせるっしょ?」
腰越は冷静にエルドラドゴーレムの挙動を観察して言った。
敵の攻撃の速度は、みんなでやる時の大縄跳びくらいの速さだ。つまり、見えないほど速いということはない。
「かわせる……けど、ゲーム時代ならいざしらず、今の俺たちが敵に突っ込んでいくのは無理だよ。俺たちのレベルなら、一撃くらったら、即死か、良くてもライフの四分の三は普通にもってかれる」
でかくて硬いというのは純粋に恐ろしい。ゲーム時代ならリスク覚悟の突貫もできたが、リアルに命がかかっている状況でそんな度胸を持つ者は少ないだろう。
「じゃ、遠距離から攻撃すればいいんじゃね?」
「あの敵には魔法攻撃はほとんど効果がない。で、物理攻撃にもかなりの耐性がある。その耐性を超えて、物理遠距離攻撃をできそうな面子はほとんどいない」
「「「クオオオオオオオオオ」」」
あれこれ議論を交わしている俺たちの声に、雷のような轟きが重なった。
ボスに追従するように、無数の人型が地面から突き出してくる。ただの石製のゴーレム、いわゆる雑魚モンスターだ。しかし、その雑魚モンスターでさえ、低ランクの俺たちのパーティーなら、束になってかかっていかなければいかない相手だ。
乱立するゴーレムが混乱に拍車をかける。
「まじ!?」
七里が目を見開く。
やばい。
やばい。
やばい。
こんなの勝てる訳がない。
じわじわと、俺たちは虹色の壁際に追い詰められていった。他の冒険者たちも、俺たちと同じ壁際か、新たに発生した左右の瓦礫の壁に圧迫されていく。
「おい! 高ランク冒険者ぁ! 早く俺たちを助けろぉ!」
右側の瓦礫に追いやられた冒険者のうちの一人が、切羽つまった声で叫ぶ。
反応はない。
向こうからは、弱弱しいながらも時折、爆発音のようなものが聞こえてくるので、全く音が通らないはずはないと思うのだが。いくら高ランクの冒険者とはいえども、も戦闘に忙しくてそれどころじゃないのかもしれない。
「そうだ! お前、採掘係だろうが! もっと、早く掘れ! 瓦礫を掘って、逃げられるようにしろ!」
救援が期待できそうもないと知った別の男が、既に壁につるはしを突き立てていた男の胸倉を掴んで、脅迫するように言う。
「無茶言わないでくれ! これだけ壁が厚いと、どんなに全力で掘っても五日はかかるぞ!」
つるはしを持った男の見解に、周りの他の採掘メンバーも頷いた。
「すみませんー、そちら側の壁はどうですかー? どれくらいで掘れます!?」
俺は手に口を当てて大声を出し、左側の瓦礫の側に溜まった冒険者たちに問う。
「こっちも駄目だー! 」
「壁を片付けるのに四、五日はかかる!」
シャベルのようなもので瓦礫の撤去を試みている人たちから、返答がくる。
「救援を期待するのは無理か……」
絶望的な状況に俺は顔をしかめる。五日もの間、敵から逃げ回るなんて無理だ。もし、採掘者の労力を集中させ、倍にしたとしても、二日~三日はかかる。すでに一日の行軍で疲弊している俺たちが、不眠不休で凌ぎ続けるには長すぎる時間だ。
そんな思考をしている間にも、石のゴーレムたちはじわじわ俺たちににじり寄ってきている。
「お義兄ちゃん! どうしよう……」
「兄さん!」
「……」
決断を迫るような三人の視線が、俺に集中する。
そんなに俺を見ないでくれ。俺はただの高校生で、チートでも転生者でもないんだ。
今すぐそう叫びたかった。
苦しい、怖い、逃げ出したい。そんな人間として当たり前のマイナス感情に引き込まれそうになる。
だけど、そんなことはできない。俺は、七里と由比の兄で、なによりこのギルドのリーダーだ。最後まで、彼女たちが生き残れるように努力する義務がある。
俺は七里たちを庇うように一歩前に出る。それから、大きな深呼吸一つ、ゴーレムたちとを睨み付けた。
俺たちを射程圏内に捉えたゴーレムたちが、一斉に腕を振り上げる。
「
突如、耳に届いたその大音声。その声の主はもちろん、俺ではない。
瞬間、俺たちを目標にしていたゴーレムがぞろぞろと方向転換して、反対側へと戻っていく。いや、違う。新たな目標を見つけたのだ。
「ロックさん! そんな! 無茶です!」
俺は思わず叫んでいた。
「なに? どういうこと? 何で敵が向きを変えた訳?」
腰越が首を傾げる。
「石岩道のリーダーが奥義を発動したからです。魂の玉壁は、パラディンの奥義的なスキルです。フィールドの全ての敵を引きつけた上で、180秒の間、ダメージを完全に無効化します」
由比が苦虫を噛み潰したような表情で腰越の疑問に答える。
「そんなすごいのがあるなら、ケチらずにばんばん使えばよくね?」
「無理だよ! 魂の玉壁はクールタイムが十分もあるんだよ! しかも、スキルの代償としてクールタイムの間は移動禁止にペナルティがついた上に、全てのステータスが半分になっちゃうの!」
七里が悲壮な声で叫ぶ。
聖騎士の名に恥じないその奥義は、自らの全てを犠牲にして仲間を守るためのもの。だからと言って、ゲーム時代はこんな馬鹿正直な使い方をする人間はいなかった。正しい用途は、厳密に敵のラストHPを計算した上でラッシュをかけるためのもの。逆に言えば、時間内に敵を倒せなければ、それで終わりということだ。
「え! ちょっと、待ってそれってめちゃくちゃやばいじゃん! だって、スキルの効果が切れたら……」
「そうだ。ロックさんは確実に死ぬ」
俺は唇を噛みしめて、腰越の言葉の後を継いだ。
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