第118話 話をする
「ごめんなさいっ。僕のことを嫌いにならないで!」
グズグズと鼻を鳴らしながら、月ヶ瀬はいやいやと首を振る。
そうすれば俺の足にダメージが来る。
嫌いにならないからどいて欲しい、そう言いたいところだが、息が漏れるだけで言葉に出来ない。
「っ、月ヶ瀬っ」
「どうしてそいつのことはハルちゃんって呼ぶのに、僕のことは月ヶ瀬なのっ? 僕の方がずっと前から一緒だったでしょ!」
「わ、分かったからっ、少し落ち着いてくれっ」
しびれすぎて、もはや何も感じなくなってきた。
それはそれで気持ち悪くて辛い。
変な声が出そうになるのを、口を塞いで抑える。でもあまりにも辛くて、手の隙間から吐息が漏れる。
「んんっ。……ちょっと、まっ。んあっ……」
恥ずかしい声が止まらない。
みんなが無言なのもいたたまれない。
それなのに、視線は強いぐらいに四方から感じて泣きそうだ。
「いっ、いっかい……んっ! ……どいて、くれないかっ?」
土下座の体勢を止めて、時間が経てば楽になるはずなのに。
もう、恥ずかしがっている場合じゃないと頼んだ。
それなのに月ヶ瀬は、全然どいてくれない。観察するようにじっと見てくる。
それから長い時間、そのままの状態が続いた。俺の味方であるはずの鬼嶋も助けてくれなかった。
無言で見られ続け、羞恥心や色々な感情が混ざりあい爆発し、まるで子供のように泣いて、そこでようやく太ももが解放された。
しびれが取れるまでも時間がかかり、その場で悶えている時でさえも、みんなが見ているのを感じた。
そういうところは同じ考えなのかと、心の中で恨めしくツッコんだ。
「……鬼嶋に嫉妬していた、っていうことで良いんですか?」
話を再開して、やっとあんなことになった理由を理解した。
「別に恋人ではないと、そう伝えましたよね。それで納得していたじゃないですか」
あんなに違うと言わせたのを、もう忘れてしまったのだろうか。
あの時の苦悩を思い出して睨みつけたら、誰とも目が合わなくなった。
「学園長はなんと言っていたんですか。それにあんな壊して大丈夫なんですか」
馬鹿なんじゃないか。本当に何をやっているんだ。呆れてものも言えない。
頭を押さえて大きく息を吐くと、全員が肩を震わせた。
「逃げたのは本当に良くなかったです。それは俺もの悪かったでしょう。でも嫉妬で、あんな大事を起こすなんて……」
呆れてばかりいれば、次男が唇を噛み締めながら近づいてきた。
「……大事なんかじゃない。俺達にとっては重要なことなんだ」
俺の前にひざまずき、そしてそっと壊れ物に触れるかのように、手を伸ばしてすぐに下ろした。
「俺達にはどこか一線を引いていて、親しくなろうとしていなかっただろ。ここまでの関係になるのにも、長い時間がかかった。それなのに、そいつにはいとも簡単に気を許した。意味が分からない。俺達とそいつ、何が違うって言うんだ?」
何が違うのかと聞かれれば、置かれている状況か。それとも知っていることか。
今ここで話をするべきなのかもしれない。
全員が集まることなんて、調整しない限りそうそうない。
必要なのは俺の覚悟だけだ。
「その違いを聞いたら、納得してくれるんですか?」
「内容にもよる」
「今から話すことが、どんなに荒唐無稽なものでも、最後まで聞いてくれますか?」
「ああ。約束する」
約束は守ってもらえないかもしれないが、話すことに決めた。
「今からする話は、何人かはもうすでに知っていることもあります」
そこからゆっくりと、今まで隠していた話を伝えた。
空は暗くなっているが、準備のいいことに高坂がテントを持ってきてくれたので、中で体を寄せあって円を描くように座りながらだ。
まずはこの世界が、ゲームだということを話した。
驚く気配が多数あったが、話を止めてきたりはしなかった。
俺のキャラ、立ち位置、今まで何をしてきたか、出来る限り話に抜けがないように気をつけた。
「……ハルちゃんは、このゲームの制作に関わった記憶を持っているんです」
どうして鬼嶋にだけ対応が違うのか。
そこが一番気になっていたようなので、はっきりと言った。
「この世界で俺はずっと怯えて過ごしていました。本物ではない自分が、いつこの世からいなくなるのか。そればかりを考えていたこともありました。人と距離を置いているように見えたのは、ただただ怖かったからです」
とうとう何もかもぶちまけてしまった。
嘘つきだと罵られるのか、頭がおかしくなったと心配されるのか、それとも黙っていなくなられるのか。
悪い想像ばかりが膨らんで、話し終える頃には顔が見られなくなって、地面に視線を向けていた。
「……聞きたいことがあるなら質問してください。俺が知っていることならば、なんでも答えます」
拳を握りしめる。爪をわざと食い込ませて、その痛みで意識を保った。
どうやら俺の話を頭で理解しようとしているようで、誰も何も言わない。
そっちの立場だったら、俺だって話を信じたかどうか分からなかった。
でもこれが、俺にとって事実である。
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