第87話 そして決まる





「いつから知っていたんですか?」


「え?」


「え、じゃないですよ。生徒会の不正会計のことです」


「ああ、それは」



 生徒会のリコールが決定し、新たな選挙は一週間後に予定された。

 ホールから出てまっさきに俺は、天王寺に詰め寄った。



 こんな切り札があったのなら、さっさと出してしまえばスムーズに終わったのに。

 それに教えてくれれば、こんなにヤキモキすることもなかった。



「あー。悪い悪い。本当は使うつもりが無かったから言わなかったんだ」


「そうだったとしても教えてもらいたかったです」



 ついつい文句ばかり言ってしまうのは、それだけ心配していたからだと、天王寺は分かっているのか。



「……早い段階で不正会計の証拠は掴んでいた。でもそれだと、実力で地位を勝ち取ることにはならない。出来れば使わずに勝ちたかったんだ」



 本当はもっと怒りたかったけど、そんなに悔しそうな顔をされてしまったら、これ以上は責められなくなった。



「たしかに、あの演説じゃ勝てなかったかもしれませんね」


「ぐ」


「情に訴えるよりも、カリスマ性を見せた方がいいと思いました」


「……だよな」


「でも勝ちは勝ちです。それに俺は、あなたが一番生徒会長にふさわしいと確信しました」


「そっか。それなら……いいか」



 やっと笑顔を見せてくれた。

 勝ったはずなのに、ずっと暗い顔をしていたから気になって仕方がなかった。

 不甲斐ないといったばかりだったから、元気になってくれて安心した。



「まあ、あいつらよりも俺の方が生徒会にふさわしいからな。当然の結果だ」


「あんまり調子に乗ると良くないですよ」


「分かっているって、でも考えたらクヨクヨしている場合じゃないよな。やらなきゃいけないことが、たくさん残っている」


「まだ選挙が残っていますからね」


「そっちは大丈夫だ。俺が負けるわけないから。それよりも、補佐をしてくれる気にはなったか?」


「それは……」



 そっちの問題が残っていたか。

 補佐をさせるのを諦めていなかったようで、そして俺が断ることは無いと思っている。

 期待のまなざしに、良心が受け入れてしまえばいいと囁いてくる。


 でもなった後を考えたら、簡単に了承出来なかった。



「俺はそういった経験はありません。家で勉強もしてきませんでした。もっと他に適任がいるはずです」



 それに俺よりもなりたいと思っている人は、学園にたくさんいるはずだ。

 そういう人達の方が熱意があって、仕事も俺より出来そうだ。


 遠回しに無理だと断ってみると、天王寺が俺の頭に手を置いた。



「能力だけが大事とは限らない。どんなに優秀でも協調性がなかったら、上手く能力を活かせないからな。そういう能力が、他の人よりも高いと思っている」


「買いかぶりすぎですよ」


「どうしてそんなに自己評価が低いのか。俺は嘘はつかないし、お世辞も言わない。本気でそう思っている」


「ありがとうございます……でも今はまだ了承出来ません」


「どうしたら頷いてくれる?」


「そうですね……」



 天王寺には悪いが、断る方向で持っていきたい。

 それなら無理難題を言うしかない。



「それなら俺が補佐をすることに関して、八割以上の賛成をもらえたらいいですよ」


「それだけでいいのか?」


「え。は、はい」



 俺としては無理難題を言ったつもりなのに、天王寺は平気そうな顔をしていた。

 もしかして大丈夫なのだろうか。



「いや、でもやっぱり」


「一度言ったことを取り消すのは無しだ。条件が達成出来たら、問答無用で補佐になってもらうから、そのつもりでな」



 やっぱり違う条件にしようとしたのに、俺が何かを言う前に決められてしまった。



「それじゃあ、俺はやらなきゃいけないことがあるから。楽しみに待っていてくれよ」



 そして、さっさとその場から立ち去っていく。

 後ろ姿を見送りながら、俺は弱々しく呟いた。



「大丈夫……だよな?」



 まったく自信が無くなった。








「嘘……」



 誰か、これが冗談だと言ってほしい。

 俺は掲示板を前にして、膝から崩れ落ちそうになった。



「本当に、八割以上の賛成をもらえるなんて……」



 俺が補佐になる条件として、生徒の八割以上から賛成を得ることだと言った。

 九、十割と言いたかったところだけど、それでは厳しすぎるかと思ったのが悪かったのか。

 絶対にそれが原因だ。


 馬鹿なことをしてしまったと、自分で自分を殴りたい。



「結果はちゃんと確認したな。それじゃあ約束を守ってもらおうか」



 呆然としている俺の後ろから手が伸び、肩に手を置かれた。


 まるでリストラされる会社員にでもなった気分だ。実際は意味が反対なのだけど。



「分かりましたよ。約束したことですからね」



 いくら嫌でも、約束を破るつもりは無い。



「こうなったら、天下とるつもりでやりますよ」


「お、いいな。一緒ならそれも出来そうだ」


「冗談ですからね」


「ははっ」



 でも権力を使って生き残るのもいいかもしれないと、気持ちを切り替えたぐらいには、そこまで嫌だとは思っていないのかもしれない。自分でも信じられないことにではあるが。



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