第86話 運命の
現生徒会長の羽柴さんの陳述は、情に訴えるものだった。でも今まで生徒会長やってきただけあって、生徒の心を動かしている。
元々人気があって生徒会長に選ばれたのだし、全くの無能なわけではないだろうし、手強い相手だ。
少しだけ天王寺に不利になった気がする。
大丈夫だろうか。ちゃんと勝てるのだろうか。
心配になって天王寺の方を見ると、焦っている様子もなく、背筋を伸ばして立っていた。
あの様子なら、大丈夫そうか。何か策があるはずだ。
『続きまして、天王寺帝翔さんお願い致します』
とうとう来た。
名前を呼ばれた天王寺は、背筋を伸ばした姿勢のままマイクのところへと進んだ。
その歩く姿だけで、見とれる生徒が何人かいた。
生徒会長と比べるとどうかは分からないが、天王寺だって人気は高い。親衛隊だって存在しているはずだ。
容姿で引きつけるのは、話を聞いてもらいやすいから賢いやり方だろう。特にこの学園の生徒は、普通よりもそれを重要視する。
その点に関して言えば、天王寺の方が有利だった。
『どうも。俺の急な提案で、みんなには迷惑をかけて混乱させてしまった。申し訳ない』
「お。謝った」
天王寺はまっさきに謝罪の言葉を口にした。
そういう謝罪はしないと思っていたから、本人には言わないけど驚いた。
でもすぐに、なんだかんだ言って気遣いが出来るタイプだったと考え直す。
さて、ここからどんな話が飛び出してくるのか。ものすごく興味がある。
一体どういうやり方で勝つつもりなんだ。
『でも、聞いてほしい。みんなは本当に今の状況に満足しているのか? 確かに滞りなく学園生活をおくっているのかもしれないけど、それで本当にいいと思っているのか?』
羽柴さんのように、天王寺も情に訴えようとしているのか。
もっと俺が考えつかないような、面白いことをしてくれるのかと勝手に期待していたから少し拍子抜けする。
『平穏な人生も確かにいいかもしれない。でも俺達はまだ学生なんだ。好きなこと、やりたいこと、何でもやろうと思えば出来る。失敗してもいいんだ。むしろ社会に出る前に、経験した方がいい』
羽柴さんの反対意見を言って終わりにするのか。これだと、もしかしたら票は割れるかもしれない。
そうなれば、全校生徒の八割以上の賛成が必要なのに、票を集められない可能性が出てくる。
大丈夫だって言ったくせに、期待外れもいいところだ。
生徒達も敏感に察している人は、俺と同じようにガッカリした表情を浮かべている。
もう少し、期待している俺達を満足させてくれるような、サプライズ的なものが用意されていないだろうか。
『そのやりたいことは、今の状態じゃ出来ない。俺が生徒会長になれば、望んでいることやりたいこと、何でも叶えられるようにする。そこにいる生徒会長じゃ、絶対に無理だ』
「なに言っているんですか。出来るに決まっているでしょう」
自分に優位な流れでも感じ取ったのか、羽柴さんが話を遮るように入ってきた。
事務の人に頼んで、予備のマイクまでもらっている。
『全員が望むことが出来るように、今までも尽力してきました。これからもサポートをしていくつもりです。この人になったところで、なにか大きな変化が起こるとは思えません』
このまま畳みかけて、自分の優位のままに事を終わらせるつもりか。
このまま終わってしまうのか。
天王寺なら、まだ何かを隠し持っているはず。
羽柴さんへの反論を待っていると、まるで降参といったばかりに手をあげた。
『まあ、確かにそっちがやろうと思えば、今すぐにでも始められるだろうな。俺じゃなくてもいいという人がいれば、その通りだと認める』
そこで認めてしまうのか。
それは敗北宣言をしたようなものではないのか。
ざわめきも大きくなって、静かにさせるために先生達が出てくる。
『誤解しないでもらいたいけど、別にもうリコールを諦めるとかそういうことじゃない。きちんと学園のこと、生徒のことを思っているなら、別に俺である理由はない』
たしかに、天王寺だけが生徒会長になれるわけではない。
誰しもにその可能性がある。
少しの勇気と行動力があれば。普通の人はそれが足りないのだけど。
『俺はこれから、誰しもが生徒会長になれるような学園作りをしたい。このままでいいと思っていないのなら、どうか俺を信じてついてきてほしい』
先ほどよりは良くなった。
それでも、八割以上の生徒の心を動かせたとは思えなかった。
無理だ。天王寺はここで負ける。
これから、どんな風に物語が変わっていってしまうのか。
考えたくない未来が、すぐそこまで迫っている。
こんな形で終わってしまうなんて。
どういった反応をすればいいか分からず固まっていると、天王寺がおまけとばかりに付け足した。
『ああ、そうだ。今期の生徒会による不正会計の証拠があるから、それを見て判断してくれてもいいからな』
この一言で、リコールが決定した。
全校生徒、生徒会を除く全員が賛成に票を入れたからだ。
まあ、当然の結果だと言えるだろう。
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