第85話 リコール集会






 あの放送から、とうとう一ヶ月経ってしまった。

 今日はリコールするかどうかを決める、集会の日だった。


 俺の方が緊張していて、天王寺はずっと余裕で、普通は逆だろうとツッコミたくなった。

 今だって、何故か俺も一緒にステージに上ることになったのだが、隣で鼻歌を歌っている。



「緊張してないんですか?」


「ん? 全然」


「この一ヶ月、何かをしているようには見えなかったんですけど、本当に大丈夫なんですか?」


「大丈夫だって」



 一ヶ月、俺だけがやきもきしていて、大丈夫なのかと心配させられてしまった。

 知らないところで何かをしていたかもしれないとも考えたが、そういう気配はなかった。



「これでリコールが失敗した時って、提案した人はどうなるんですか」


「それは、生徒会役員になる権利が無くなるだけだ」


「だけって……重要じゃないですか!」



 今回上手くいかなかったら、天王寺が生徒会長になる道は途絶える。

 それは、かなりまずいのではないか。



「そんな顔をしなくても、俺を信じて待っていてくれ」


「……はい」



 信じたいけど、それなら信じられる根拠を示して欲しい。

 さらに緊張してきて、ホールに向かう足が震えた。

 どうして俺の方が、こんなに緊張させられているのか。納得がいかない。




 ホールにはたくさんの人がいた。

 それも当たり前だ。全校生徒と職員がいるのだから。



「入学式の時よりも人数が多い気がします」


「リコールの集会なんて前代未聞のことだから、学園に来ている人間はほとんど来ているんじゃないか」



 胸元を握りしめて、緊張をほぐそうとするが無理だった。深呼吸をしても何も変わらない。



「あんまり握るとしわになるぞ」


「あ、すみません」



 握りしめていた俺の手の上に、天王寺が手を重ねてきた。

 一回り大きい手が安心させてくれる。



「心配させるのは申し訳ないけど、俺にために心配していると思ったら気分がいいな」


「性格が悪いって言われません?」


「欲望に忠実だと言ってくれ」



 不敵に言うと、手を取られて甲にキスを落とされた。



「婚約者様にふさわしい男であることを、今から証明する」



 こんな恥ずかしくなるようなセリフと行動が似合うのだから、イケメンはずるい。



「……婚約者じゃないですけど、楽しみに待っています」


「ははっ、いつか認めさせるさ」



 今のは不覚にもときめいた。

 どくどくと、先ほどとは違った意味で心臓が騒ぐ。



「早く、みんなが待っていますよ」



 緊張をほぐす目的だとしたら大成功だ。

 いつの間にか手の震えが止まっていて、まるで魔法にかけられたようだった。



「行ってくる」



 ステージの中央へと進んだ天王寺は、少し離れたところに立っている現生徒会役員に向けて意味ありげな視線を送る。

 睨みつけていた彼等は、ビクリと大げさに体を震わせた。



『これより、天王寺帝翔さんによる現生徒会リコール宣言に対する集会を始めます』



 会場を緊張を含んだ空気が包み込む。

 みんな初めての事態に、どうすればいいのか分からなくて戸惑っているのだ。



『初めに学園長からお話があります』



 ステージに来た学園長は、この前会った時と変わらず、何を考えているのか読み取れない。

 笑ってはいるが、俺と同じように作り笑いをしているように見えるのだ。


 マイクのある位置まで歩く途中、ふと視線が合った。

 一瞬だったが片目を閉じた。ぞわりとあの時の恐怖を思い出して、身震いした。



『みなさん、お久しぶりですね。私の顔を忘れてしまった人もいるかもしれません。学園長ですので思い出してくれると嬉しいです』



 マイク越しの美声と、遠目からも分かる容姿の良さに、たくさんの人がうっとりとしている。

 顔に騙されていると言いたいが、性格なんてどうでもいいのかもしれない。



『本日は私の話で時間をとるわけにはいきません。手短に終わらせましょう。みなさんはこの学園が始まって以来、今まで実行されることがなかったリコールに関わることとなります。それは良い経験になることでしょう。流されたりせず、自分の意見を持って行動してくれることを願っております。以上です』



 手短に身のある話をする。

 これは生徒に好かれるタイプの話し方だろう。

 さすがは学園長をしているだけある。


 俺は他の生徒と同じように拍手をすると、いよいよ始まると気合を入れた。



『続きまして生徒会役員による陳述です。代表者の方、よろしくお願い致します』



 司会に促されて、一人の生徒が前に出てくる。

 あの人は現生徒会長だ。

 今やっているだけあって、容姿も整っているしカリスマ性もありそうだ。

 でもこう言ったら可哀想だが、天王寺の足元にも及ばない。


 本人もそれが分かっているのか、どことなく表情が強ばっている。



『こんにちは。生徒会長の羽柴です。……今回リコールの集会が開かれることとなり、驚きとともに不甲斐なさを感じております。個人の意見ではありますが、今までこの学園のために尽くしてきたという自負がありますので、みなさんには公平な判断をお願い致します』



 丁寧に、でも言いたいことは言った感じだ。

 そこまで馬鹿ではなさそうだし、手強そうな相手である。


 天王寺はどういうふうに対応していくのか、俺は興味が湧いてきた。





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