第18話 母のお墓で
この墓地は、たぶん入るのに結構な値段がするだろう。見ていてすぐに思った。
敷地を贅沢に使っていて、一つ一つのお墓が大きい。その全てが凝った作りをしているから、総額で考えると何百万とかかっているはずだ。
走りながら名前を追っていくうちに、どんどん奥の方へと進んでいく。見逃していないはずだけど、こんなにも無いものだろうか。
最初の方は頭がぐちゃぐちゃだったから、見逃してしまっていたかもしれない。
一通り見てから、もしも無かったら戻るか。
出来れば、この先にあってくれると嬉しいのだけど。
あまり期待出来ず、とうとう突き当たりまで来てしまった。
やはり見逃していたようだ。嫌だけど戻るしかない。
俺は肩を落として方向転換しようとしたけど、その前に突き当たりだと思っていたところの後ろにも何かがあるのに気がついた。
木に隠れてしまっているけど、確かに奥がある。それに地面も、誰かが草を踏みしめた跡があった。
この先に俺が望んでいるものがある確率はかなり低いけど、戻る前に確認しておくのもいいだろう。
入ります、と誰に許可をとるでもなく小さく呟いてから、俺は中へと入っていった。
奥はさらに静かで、よく手入れされているだろう芝生に、季節の花が等間隔で咲いていた。とても手間がかかっているな。
そのまま花の道を進むと、最後に小さなお墓に辿り着いた。
今まで見ていたものよりも、二回りぐらい小さくて、墓石には名前が刻まれていない。
どこを確認しても、何も書いていなかったけど、俺はこれが母のお墓なのだろうと思った。
「母さん……」
気がつけばひざまずいて泣いていた。
俺の記憶しか無いけど、ここに母の骨が眠っている。それだけで涙が止まらなかった。
もしも生きていたら、話したいことがたくさんあった。きっと母なら、俺の話をしっかりと聞いてくれただろう。
でもここには、俺しかいない。一方的に話すしかなくて、それに対する答えは返ってこなかった。
「おれ、いきていていいのかな……」
この世界に来て、初めて口にした弱音だった。負の感情ばかり向けられていたせいで、知らないうちに心は弱っていたらしい。
「かあさん」
この人だって、前の俺の母で今の俺の母じゃない。でも生きていたとしたら、たぶん俺を守ってくれただろう。
そうしたら、本当のことも話せたかもしれない。
「……もうすこしがんばってみる。もうここにはこられないかもしれないけど、ずっとずっとだいすきだから。もし、またここにこられたら。そのときはかあさんがすきなはなをもってくるね」
グズグズに泣きながら、それでも俺は頑張って笑った。母に届いたかは分からないけど、悲しい顔ばかり見せていたら、天国で心配をかけてしまう。
出来れば、またここに来たい。
奥の方に追いやられているし、墓石に名前さえ刻んでもらえていないけど、俺にとってはずっとここにいたいぐらい落ち着く場所だった。
墓石に寄りかかって、俺はそっと目を閉じる。鳥のさえずる声が聞こえ、柔らかい風が顔に当たった。
「すこしだけきゅうけい」
これからまた精神的に疲れそうだから、今は穏やかな時間を過ごしたかった。
少しだけ、少しだけ、そう思いつつも、いつの間にか眠ってしまっていた。
でもさすがに、何時間も寝るほどじゃなかった。たぶん十分ぐらいだっただろう。
俺は目を開けて、そっと目尻にたまった涙をふく。
眠る前と変わらない景色。誰も邪魔しには来なかったみたいだ。
それが寂しいのかと聞かれると微妙だ。もう家族に対する期待は無くなっていて、このまま家を出ることは可能だろうかと、そればかり考えていた。
きっと、俺が家を出ると言えば喜んで放り出す。
その証拠が、未だに熱を帯びている頬の痛みである。なんの手加減もない力だったから、たぶんしばらくは腫れが引かないはずだ。
なりふり構わず叩くぐらい、あの二人を愛しているのか。それとも俺が危害を加える人間だと思っていたのか。
信用されていないにしても、まさかここまでとは。
俺達はきっと分かり合えない、そういう運命なんだ。
「高坂のことは、何がなんでも守り切ろう」
今回俺が家を飛び出したことで、絶対に高坂は責任を取らされる。謹慎ならマシな方だが、辞めさせられるかもしれない。
それを阻止するためなら、俺は何でもする覚悟だ。
少し休憩したおかげで、頭はすっかり冴えていた。
これからするべき行動、立ち回り方。そして五十嵐家、あの人達と離れるためには。
ファイルの中には、それに関して役に立つ情報があった。上手く使えば、五十嵐家とは距離をおける。
「これから忙しくなるな」
痛みを我慢しながら頬を軽く叩き、気合を入れた俺は立ち上がった。
ここにずっといたいと思っても、先のことを考えれば大人しく帰るしかない。まだ姿の見えない高坂のことも心配だった。
俺は母の墓石を見た。一方的に話しかけて、一方的に満足した結果になったが、ここに来られて良かった。
「母さん……」
その先の言葉は口に出来なかった。口にしたら、叶わない気がした。
代わりに深く頭を下げると、みんなが待っている場所に戻るために歩き出す。
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