第19話 俺の処遇
帰りの車内は、まるでお葬式のようだった。
名残惜しそうにしている月ヶ瀬達とは分かれ、使用人の運転する車に全員で乗っていた。
俺は何も言わず、父も兄達も口を開かなかった。
こちらを窺う気配は感じるけど、決して視線を合わせようとはしなかった。
高坂は屋敷だから、ここにはいない。
このまま捨てられないとしても、家に帰ったら何が待っているのだろう。でも俺にとっては、都合のいい展開になるかもしれない。
その時は、高坂も一緒に連れて行こうか。
こんな息苦しさのまま、長い時間移動するしかない。眠れる気はしないが、目を閉じて全ての感覚をシャットダウンした。
精神的に疲れていたからか、気づいていたら眠ってしまっていた。
次に目を覚ました時は、自分の部屋のベッドの上にいて、叩かれた頬には手当がされていた。
「いつの間に……」
運ばれたのに全く気づかなかったなんて、気を抜きすぎだった。
ふがいなさに肩を落としていると、部屋の中に高坂が入ってきた。
まだ眠っていると思っていたらしく、目が合うと驚いて持っているものを落としそうになっていた。
「あ、相お坊ちゃま! 目を覚まされたんですね!」
持っていたものをテーブルに置いて、駆け足でこちらに来る高坂は、いつもの余裕が感じられなかった。髪がいつもより乱れている。
「お怪我はありませんか?」
近寄ってきた高坂は、俺の全身をくまなく触って無事を確認する。
「大丈夫だ。それよりも……高坂に黙って外に出て悪かった。迷惑をかけただろう」
ただでさえ俺の執事として肩身の狭い思いをしているだろうに、今回の件でさらに立場は弱くなったはずだ。それを謝りたくて、高坂の肩に手を置いた。
「私のことなんてどうでもいいんです。それよりも相お坊ちゃまに何かあったらと思うと……」
泣き出しそうなぐらいの悲痛な表情。
「心配かけて悪かった。それで高坂にとっては悪いことだが、まだ迷惑をかけるかもしれない」
「それは頬の傷と関係しておりますか?」
「ああ。……俺はやっぱりこの家の人間じゃないみたいだ」
不思議と高坂には、弱音を話すことが出来た。頑張って笑おうとしたけど、上手く表情が作れない。
とても酷い顔をしていたらしく、高坂の顔が苦しそうに歪んだ。
「相お坊ちゃま、私はあなたがどんな選択をするとしても、必ずお傍についていきます」
俺が頼む前に、手を強く握りしめられる。無理矢理は連れて行けないから、言ってくれたのは素直に嬉しかった。
「俺についてきたら、不幸になるかもしれないぞ。どうなるか分からない」
「それでも、相お坊ちゃまと離れる方が耐えられません。私があなたを支えます」
まるで祈るように、高坂は目を閉じた。ここまで俺に付き従ってくれるなんて、味方がいるなんてとても幸福だ。
「もしもの時は、よろしく頼もうか」
「お待ちしております」
「お待ちしておりますって、路頭に迷うことになるかもしれないんだぞ。一応ねばってはみるから、そんな簡単に返事はするな」
「私としては、よく考えた結果なのですが」
味方がいてくれると分かったら、随分と心が軽くなった。
「それじゃあ、さっそくで悪いけどお父様と話が出来るか確認してもらってもいいか」
「かしこまりました」
早く話をして、どんな結果になろうと行動に移せるようにしよう。俺はベッドから抜け出して、そして着せられていた部屋着から服を変える。
「ああ、そうだ。ここまで運んでくれてありがとうな」
高坂が出ていく前に、俺はその背中に向かって声をかける。きっと部屋に運んで、部屋着にしたのは高坂だろう。
そう思ってお礼を言ったのだが、返事がすぐには無かった。
「高坂?」
「……当然のことをしたまでです。それでは失礼致します」
急いでいる様子で、そそくさと出て行ってしまったから、変な態度をとった理由をきく時間がなかった。でも、そこまで重要なことでもないだろう。
許可がもらえるまでは暇だ。俺は部屋を見回して、空いた時間にファイルを読もうかとも考えたけど、結局止めた。
それからそう時間の経たないうちに戻ってきた高坂は、苦虫を噛み潰したような表情で、父から許可が取れたことを伝えた。
あまりにも嫌そうな顔をしているから、何か言われたのかもしれない。
「お父様に何かされたのか」
「そういうわけではないですが……人生というのは思い通りにいかないと、そう実感しているだけでございます。心配なさらないでください」
「そうか」
本人が平気だと言っているし、怪我をしている様子もないから、何かをされた可能性は消しても良さそうだ。でも言っていることの意味は、よく分からなかった。
「旦那様は今すぐにでも話したいとのことなので、書斎の方に来るようにとおっしゃっておりました」
「それじゃあ行くか」
「相お坊ちゃま、お辛かったら時には逃げることも大事です。どんな判断をなさっても、誰も責める者はいません」
心配する言葉に、俺は今度は上手く笑顔を作ることが出来た。
「いや、遅かれ早かれ話さなきゃいけないから、機会がある時に話しておきたい。……もし辛かったら、その時は頼る」
「はい!」
高坂がいる心強さを感じながら、決別するかもしれない話し合いをするために、父のいる書斎へと向かった。
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