第20話 父との話と乱入者






 俺がやらかしているせいかもしれないけど、父の書斎に行く時は毎回気が重い。


 先を進んでいる高坂の背中を見ながら、どういうふうに話を進めていようかとシミュレーションをした。どんな話をされるかだいたい予想出来るので、色々なパターンが考えられた。気休めにはならなかったが。



「相お坊ちゃま」


「高坂は、ここで待っていてくれ」



 考え事をしていたおかげですぐに着いたと喜べばいいのか、こんなにも早く着いてしまって心の準備が出来ていないと焦ればいいのか。

 豪華な扉を前にして、俺は高坂に扉のところで控えるように言った。納得いかない表情をしていたけど、鋭い視線を向けて文句を言わせなかった。


 高坂は俺に忠誠心を持っているからこそ、一緒に入って父のことを殴りでもしたら大変だ。そうなったら、即刑務所騒ぎになる。家の力で存在自体を消されるかもしれない。

 せっかく味方が出来たのだから、こんなところで失いたくなかった。



「大丈夫だから、な?」


「……もし助けが必要な時は呼んでください。すぐに駆けつけられるように準備しておきますので」


「ん。ありがとう」


「お気を付けて」



 どこまでも心配症だから、最後まで納得はしていなかった。戦場にでも行くのではないかというぐらいの仰々しさだったが、まあ似たようなものか。

 ノックをして扉を開けた俺は、表情を引き締めた。



 部屋に入ってすぐに、罵声を浴びせられる覚悟はしていた。それか物でも投げつけられるかと思った。

 それぐらい、父の地雷を踏み抜いた自覚はあった。



「……お時間を取っていただき、ありがとうございます」



 とりあえずは、まだ話をする余裕があるみたいだ。いつそれが爆発するかは分からないが。



「とりあえず座れ」



 重々しい空気に、大人しくその言葉に従った。真正面に座った父の顔は険しい。



「お前は、自分で何をしたのか分かっているのか」



 何をしたのか。聞かれなくても分かっているし、わざわざ言う必要があるのだろうか。



「お父様が思っている通りです。俺はお母様のお墓参りに行こうと家を出ました。その時電車の中で知らない人に追いかけられて、捕まえられないために駅におりて、どうしようかと迷っていたところであの人達に会いました」



 隠すことでも無いから、正直に話すことにした。



「あの人達とは、あそこでたまたま会っただけです。親切で送ってくれただけで、何も関係無いんです。信じてください。何か危害を加えようとしたわけではないですし、本当に偶然でした」



 父は何も言わず、俺の顔をただじっと見ている。これからどうしようかと考えているのだろう。

 だから俺にとって不利な結論を出される前に、こちらから提案をすることにした。



「ですが、今回お騒がせしたのは確かですから、俺を分家に養子に出すということで責任をとらせてください」


「そうか…………はっ!?」



 一番穏便に今回の件を解決する方法は、俺が五十嵐家の分家に行くことだ。

 父が本家の当主で、祖父の弟の息子、つまり父のいとこが分家の当主をしている。

 彼が未だに結婚していないせいもあって、分家ではあるが跡継ぎがいない。俺が行ったら、その問題も無くなるだろう。


 記憶をたどってみても直接会ったことはないが、メディアに出ることがあるから顔は知っている。

 周りから色々と言われているだろうに、結婚しないのは何か思惑があるのかもしれない。俺が歓迎されるか微妙なところだけど、ここよりはきっとマシな扱いを受けると思いたい。



「俺がこの家で異端なのは承知しています。お父様も、大事な方の存在を俺に知られてしまって、いつ危害を加えるのかと心配でしょう。それなら遠く離してしまえば、俺が何かすることは出来ないです。この提案はお互いのためになりますよね。そうでしょう」



 ファイルの中に分家の情報はなかった。だからこそ俺は、ゲームに関わりが無いという部分に希望を見出した。

 強制力が働かないところで、ゲームが開始するまでの時間をのんびりと過ごしたい。



「もちろんお父様のお手を煩わせることのないように、連絡は俺からします。ただ書類の手続きをする際には、署名などを頼むかもしれませんが、俺と縁を切れるということで目をつむっていただけたらと」



 一応戸籍上は親だから、養子になる手続きをする時に署名は避けられない。



「……ああ、そうだ。高坂を一緒に連れていくことは許してください」



 扉の外で待っている高坂のために、一緒に連れていくことを頼むのは忘れなかった。今回の件もあるし、駄目とは言われないと思ったが一応だ。



「お父様、聞いておられますか?」



 俺の言葉を聞いている最中、目を見開くだけで何も言ってこなかった。これはいいということだろうかと、ソファから立ち上がりかけた。



「おいお前! どういうつもりなんだ!」



 でも入ってきたところとは別の扉が勢いよく開き、次男が怒鳴りながら入ってきたせいで、中腰という変な体勢で止まるしか無かった。



「相お坊ちゃま、どうなさいましたか!?」



 大声を聞き付けた高坂も中に入ってきて、この場がカオスな雰囲気になってしまった。





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