第21話 決別の時






「きょ、暁二?」


「高坂?」



 父も俺も、二人の登場に驚いた。

 次男の登場は父が呼んだからかと思ったが、どうやら違ったらしい。

 俺が何かをされたと勘違いした高坂も入ってきたせいで、その場は大混乱になった。



「お前、お前っ、こいつのことがそんなにいいのか!」



 高坂がいることで、次男は何故か怒っていて訳の分からないことを叫んでいる。



「相お坊ちゃま、怪我をする前に行きましょう。ここは危険です」



 高坂は高坂で、雇い主である父を前にしても不敬と取れるような言葉を言いながら、俺に手を伸ばしてきている。

 その手を掴もうとしたが、別の手に掴まれた。



「どこに行くんだ!」



 ギリギリと力強く掴みながら、次男は俺のことを引き寄せてくる。抵抗も出来ずに、そのまま胸元に顔をぶつけた。

 抱きしめられているような甘い感じじゃない。捕獲されたでもなく、絞め殺されそうな勢いだ。



「ちょ、はなしっ」



 腕の中で暴れるが、しっかりと抱き込まれて抜け出せない。それでも静かにしていられなくて、もぞもぞと動いていると顔を覗き込まれた。



「動くな、大人しくしていろ」



 それなら解放してくれ。そう言いたかったけど、あまりにも顔が近くて声が出せなかった。

 こんなに近いことなんて、今まで一度だってなかったのに、いくら逃がさないためとはいっても体を張りすぎなんじゃないか。



「高坂っ」



 俺は助けを求めて、高坂の名前を呼んだ。その瞬間、しめつける力が増した。



「なんでそいつの名前を呼ぶんだ。俺を見ろ。ここから出ていくなんて、絶対に許さないからな」



 は?

 その言葉を聞いて、頭に浮かんだのがこれだった。

 独占欲のように取れるかもしれないが、どうせこれはおもちゃを取られそうになった子供のわがままみたいなものだ。


 急に冷めた気持ちになって、俺は口を開く。



「離してください」


「だから」


「俺よりも、あの子の方が随分と家族らしかったじゃないですか」



 誰かの喉が鳴る音が聞こえた。

 驚いているみたいだけど、何をそんなに驚く必要があるんだろう。

 あんな光景を見せておいて、俺が何も感じないとでも本気で思っていたのか。そうだとしたら、馬鹿にしすぎだ。



「そうだ。俺を養子に出して、あの子を代わりにこの家の養子にすればいい。いや、すみません。代わりなんておこがましいですね。邪魔者は消えますから、五人で幸せに過ごせばいいじゃないですか」


「お前、何言って」


「何を言っているって、感じたままのことを口にしているだけですよ。とても大事にされていたみたいですね。お母様のお墓参りのついでに会っていたんでしょう? いや、お母様の方がついでだったのか」



 乾いた笑いがこぼれた。今まで生きてきた俺の気持ちが、勝手に言葉としてあふれて止まらない。



「俺はあなたの息子で、お兄様の弟だと思っていました。今は駄目でも、いつかは家族として過ごせると思っていました。でも、それは叶うはずのない夢で、お父様の息子もお兄様の弟も、俺じゃなかったんですね。身の程知らずですみません」



 何も言わないから、俺の言葉は図星をついたと考えていいだろう。

 主人公をみんなは選んだ。



「高坂行こう。……書類などの準備が出来たら、また来ます。それじゃあ、ご迷惑おかけしました」



 まさか、こんな形で家族と別れることになるとは。でもどちらかというと、寂しさよりも清々しい気分だった。



 高坂を連れて、俺は部屋から出ようとした。誰も引き止めてこようとはせず、やはり俺の価値はそんなものなんだと、勝手に傷ついていた。


 ドアノブに手をかけ押そうとしたら、何故か先に扉が動く。



「うわっ」



 思ってもみなくて、俺は驚きながら体勢を崩した。

 後ろで高坂が手を伸ばす気配があったが、それよりも先に俺の体は受け止められる。

 次男の時よりも安定感があって、背も随分と高い。


 使用人のうちの誰かだと思い顔を上げて、俺は驚いて変な声が出そうになった。



「はじめ、お兄様」



 そこには、姿が見えないと思っていた長男がいた。

 俺を抱きしめたまま、無表情に顔を見つめてくる。まるで観察されているみたいで、居心地の悪さを感じた。



「あの、ぶつかってすみません。お父様に用事があるんですよね? 俺の話は終わったので、離してくれませんか?」



 この数分だけで、次男と長男に抱きしめられている。離れると決めた日に、生きている中で一番近くにいるなんて皮肉な話だ。


 向こうだって俺と近いのは嫌だろうと、離してほしいと言ったのに、無言で抱きしめられた。



「お前は、本当に分家の養子になろうとしているのか。俺達家族を見捨てようとしているのか」



 その言葉を本気で言っているのだとしたら、俺はその顔を思いきり殴りたい。



「俺があなたたちを見捨てる? 何を言ってるんですか。俺のことを先に捨てたのはそっちだ」



 俺は好かれようと頑張っていた。たとえそれが空回りだったとしても、なんとかしようとずっと行動していたのだ。


 それを無視していたくせに、俺が離れようとしたら引き止めるようなことを言うのか。

 どう考えても馬鹿にしている。


 俺はこれまでで一番怒りがわいてきて、長男の胸を強く押した。






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