第22話 家族の言い分






「俺は、産まれた時から存在をうとまれていた。俺の家族は母さんだけだ!」



 泣かないと決めていたのに、とうとう涙がこぼれてしまった。



「もう無理です。俺のことを嫌っているのは、最初から知っていますから。存在を消されて死にたくなる前に、この家からいなくなりたいんです」



 ここまで言うつもりは無かった。当たり障りなく終わらせるつもりだったのに、本音を勢いのままに出してしまった。



「はじめ様、相お坊ちゃまを解放してください」



 弱々しく胸を叩いていると、高坂が近づいてきて俺と長男を離そうとする。

 執事という立場から考えて、思い切った行動だった。それでも俺は感動しながら、その手を掴むために伸ばす。



「どうやら、暁二の言っていた通りかもしれないな」



 しばらく黙っていた父が、重々しい様子で話し始める。一体、何が言っている通りなんだろう。



「……お前達、もしかして駆け落ちでもするつもりなのか」


「……………………はあ?」



 もしかして部屋に入った時から、俺の耳はおかしくなってしまったのかもしれない。

 先ほどからみんなが言っていることが、意味不明に聞こえてくる。


 駆け落ち?

 誰と誰が? 俺と高坂が?



「……それは侮辱として受け取っていいんですよね」



 理解した途端、自然と低い声が出てきた。

 そして次男の変な言動の意味も、ようやく分かった。



「俺と高坂が恋人同士で、それで駆け落ちをするために養子騒ぎを起こしたと、そう言っているんですよね」



 完全に侮辱だ。

 俺は元々こんな扱いだったから、どんなことを言われようと傷つきはしない。

 でも高坂まで、そこに巻き込むのは違う。



「ふざけないでください。ああ。本当に俺とあなた達の間には壁があるみたいですね」



 長男の胸を、さらに強く殴るぐらいに叩いた。



「離してください!」



 どんどんと叩くのに、何故か離してくれない。

 むしろ向こうの抱きしめる力の方が強くなって、そして耳元で懇願するように切羽詰まった声で長男が叫んだ。



「離したら、もう一生俺達の前から現れないつもりだろう! それを許すとでも思っているのか!」


「俺の顔を見たくないぐらい嫌っているんですから、喜べばいいじゃないですか」


「嫌ってなんかいない!!」



 あまりにも大きな声だったから、耳が一瞬聞こえなくなった。

 でも、それでも言葉がすんなりと心に入ってくる。


 すぐに信じるなと、俺の中にある冷静な部分は訴える。今までされてきた扱いを考えれば、妥当な判断だ。

 それなのに、話をもう少し聞く気になっていた。



「……あれが、嫌ってない人の態度ですか?」


「う。確かに、褒められた態度じゃなかった。でも、構っている余裕がなかったんだ」


「ま、まあ。俺がわがままばかり言っていたのは認めます。相手にするのは面倒だったでしょうね」


「……子供だったんだ」


「俺も、悪かったです。でも、信じられない気持ちも、まだあって。頭がぐちゃぐちゃなんです」


「そうだな、すぐに信じろとは言わない。俺も父も暁二も、それだけのことをしてきた」



 視界の端で、父と次男が気まずそうな表情を浮かべているのが見えた。



「あの……とりあえず話をしたいので、離してもらえますか。もう逃げませんので」


「本当に逃げないんだな」


「はい。そろそろ離してもらえないと苦しいです」


「す、すまない」



 ようやく解放してもらえた。

 呼吸がずいぶんと楽になり、深呼吸を繰り返していれば、今度は後ろから抱き寄せられた。優しい力だったけど、突然のことに驚く。



「うわっ。って、高坂?」



 精一杯首を動かして後ろを見れば、眉間にしわを寄せた高坂の姿があった。

 まるで威嚇する猛獣のように、今にも唸り声をあげそうだ。



「相お坊ちゃまは優しすぎます。今さら反省したところで、これまでのことを全て許すなんて」


「でも」


「冷様も相お坊ちゃまも、ずっとずっと苦しんでいたのに私はどうすることも出来ませんでした。しかし、もう見て見ぬふりは嫌です。相お坊ちゃま、私と共に行きましょう」


「お前やっぱり!」



 高坂の言葉にいち早く反応した次男が、俺から引き離そうと裾を引っ張ってきた。でも所詮は子供の力。ビクともせずに、悔しそうに唇を噛んだ。



「さあ、相お坊ちゃま。最後の別れを告げてください。後のことは心配なさらず。不自由な思いは決してさせないことを誓います」



 俺はどう答えるのが正解なんだ。

 高坂の腕の中で目を白黒とさせていると、テーブルを勢いよく叩いて、父が立ち上がった。



「高坂。身分もわきまえずに、何を勝手なことを言っている。その子を離しなさい」



 口調は丁寧だったけど、有無を言わさない圧があった。直接向けられたわけじゃないのに、緊張で喉が渇く。



「あなたに何の権限があって、そんなことをおっしゃるのですか」



 それなのに、怖いもの知らずなのか鈍感なのか、高坂は馬鹿にしたように煽る。

 父のこめかみに青筋が浮かんだ。



「何の権限だって? 分かりきったことを聞くな。私はその子の父親だ。勝手に連れ去ることは許さない」







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