第14話 追っ手の気配





 電車の移動は、大体半分ぐらいのところまで来た。


 自信を持った表情をしていたおかげで、誰かに声をかけられることは無かった。小学生でも学校に通うのに電車に乗ったりするから、そこまで珍しい光景でもないのだろう。


 でも気は抜けない。お墓に辿り着くまでは、いつどこで家の者が現れるかは分からなかった。


 たぶん俺がいなくなったと分かったら、母の命日が明日ということもあり、どこに行ったのか予想されてしまう。

 そうなれば、免許の持っていない子供が使える交通手段なんて限られている。

 後は駅やバス停で待ち構えていれば、簡単に捕まえられるわけだ。


 大々的に捜索は始めないだろうから、俺はいつ家出に気づかれたか知る手段が無い。

 もうすでにバレている可能性だってあった。そうなると、こうして落ち着いているのは良くないか。


 俺は次にとまる駅を確認して、立ち上がって車両を移動する。まだ捕まえられていないから、今は誰も乗っていないはずだ。


 捜索を開始するとしたら、どこまで家の力を使ってくるだろう。

 家の防犯カメラを確認すれば、俺が一人で出たことは分かる。そこから道やコンビニの防犯カメラや、駅に設置されているカメラを公開してもらうのに、どれぐらいの時間がかかるのか。

 本来なら警察とかじゃないと見られないはずだけど、たぶん五十嵐家の力を持ってすれば、公開してもらえる。

 だからこそ、俺にとっては不利な状況だった。


 俺の行く場所が分かったら、放っておいてくれればいいのに。

 でも今まで連れて行ってもらえなかったことから考えると、俺を近づけたくなかったという結論になる。きっと父親の判断だ。

 使用人が言っていたように、母に似ている俺を連れていくと思い出すからかもしれない。


 そういえば、お墓参りに行った後に家を尋ねているらしいとも言っていた。兄達も一緒だったのだろうか。



「……絶対にそうなんだろうな」



 いつからかは知らないけど、俺のいないところで着実に事は進んでいたみたいだ。


 電車はトンネルに入り、ガラスに俺の顔が反射した。

 全てを諦めたような、まるで死んでいるような表情。全く子供らしさの欠片も無いから、さすがに不審に思われる。

 さっと顔を取り繕って、俺は誰が見ても可愛いと思われるような、純新無垢な子供の仮面をかぶった。これで完璧だ。



 もう少しで次の駅だ。

 速度が落ち、流れていく駅のホームを見ていると、明らかに場違いな人間が立っているのが目に入った。

 スーツを着て普通のサラリーマンを装っていたが、その表情は何かを探すかのように隙がなかった。


 すぐに扉に張りついたけど、向こうに気づかれた可能性が高い。

 もうここまで、捜索の手が広がっているのか。分かっていたことだが、やっぱり早い。

 俺一人のために、どれだけの労力を使ったのだろう。それが、俺自身を心配してのことじゃないから笑えてくる話だ。


 気づかれたかもしれないとなれば、追っ手を撒く必要がある。向こうの方が有利ではあるけど、俺を子供だと侮っている部分に隙が出てくる。そこを上手くつければ勝算はあった。


 でも勝てるかどうか、運次第のところもある。

 俺は先ほどの人物よりも、遠ざかるように車両を移動する。もう少しで電車が止まるから、人に当たらないように気をつけながら小走りになった。


 その間も、ホームには注意を向けていた。おかげで、今のところは一人だけをどうにかすれば、ここは乗り切れることが分かった。まだ俺はこの電車に乗っているという確証があって、あの人が現れたわけではなかったようだ。


 ここで失敗したら家に連れ戻されて、二度と母のお墓参りをする機会は無くなる。一生行かせないために、お墓の場所を移動するぐらいのことを、あの父だったらやるだろう。そして俺はきっと、どこに移動したのか知ることは出来ない。

 そこには骨だけしか埋まっていないとしても、俺は一目でいいから会いたかった。



 カバンの紐を強く握りしめる。

 あと数秒もしないうちに、電車はとまる。

 遠くから不自然にならない程度に、こちらに近づいている人の姿を確認した。


 大丈夫、俺なら出来る。

 深く呼吸を繰り返して、気持ちを落ち着かせた。

 そして完全にとまり扉が開いた瞬間、勢いよく地面を蹴った。

 飛び出すようにおりると、こちらに来ている人との距離をはかる。残り三十メートルぐらい。


 俺の姿を見て確信を持ったようで、近づくスピードが速くなった。でも気づいていないふりをして、そちらに逆に進み始める。

 向こうの緊張が緩んだ。簡単に捕まえられると分かって、どう声をかけようかと考えている。


 その距離と、ホームを流れるアナウンス。そして、今までの扉の開閉時間を思い出して俺は方向を急転換し、電車の中に戻った。

 それに慌てた向こうは、俺がまだ逃げることを察して、すぐに同じように車内に入る。


 その距離は、まだ車両一両分あった。

 子供である俺の姿は乗客に邪魔されて、ほとんど見えていないだろう。でもきっとこちらに向かってきている。



 もうすぐ扉が閉まるというアナウンス、そのギリギリのところを狙って、今度は電車をまたおりる。

 俺の後ろで、扉の閉まる音が聞こえた。

 電車はそのままゆっくりと、でも確実に動き出す。


 俺の前を通り過ぎていく車両の窓、そのうちの一つに焦ったような表情を浮かべている人の姿を見つけて、とりあえずの勝利に胸を撫で下ろした。





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