第13話 我慢出来なかったこと





 現在、俺は家出の真っ最中である。



 電車の中で一人、外の景色を眺めながらカバンを握りしめた。

 周りには乗客がいるけど、知っている人は誰もいない。高坂の姿もない。

 完全に頼れる人がいないし、心細さもあるが、家に帰ろうという気持ちは全く湧かなかった。



 どうしてこんな状況になったのか、それは三時間前にさかのぼる。





 先日古城と会ったということもあり、しばらくはファイルを読む気力が無くなった俺は、謹慎も解けたことだから散歩でもしようかと考えた。

 高坂に準備をしてもらおうとしたが、こんなことで手を煩わせるのも大変だろうと、一人で着替えて部屋から出た。


 廊下を出ても誰ともすれ違わず、少しだけ違和感があった。

 いくらなんでも、誰かはいるものだ。高坂の姿さえもいないのは、さすがにおかしい。

 俺の知らない間に何かが起こっている、そんな気がした。


 自然と足音を消して進む俺は、微かな話し声を聞き取った。

 その声を頼りに、住み込みの使用人達が使っている部屋に向かっていった。


 話し声は、若い使用人二人のものだった。休憩中なのか、砕けた様子で会話をしている。



「どうして私達は留守番させられるのかな」


「仕方ないよ。一番の下っ端なんだから、そういう役目になっちゃうものだって」


「それは分かっているけどさ。仕事とはいっても、ほとんど観光みたいなものでしょ。ずるいと思わない?」


「観光って……目的はお墓参りなんだから、ただのお出かけじゃないよ。遊んでいる余裕もないんじゃない?」


「えー。そうかな。でもわざわざ使用人のほとんどを引き連れて、お墓参りに行くなんて不仲っていうのは嘘だったの?」


「それは違うみたい。旦那様の目的は、お墓の近くに住んでいる方らしいよ。使用人を連れていくのは、相お坊ちゃまに知られたくないからって話。ついて行くって駄々をこねられたら困るから」


「……あー、そういうことね。相お坊ちゃまも可哀想にね。あんなに冷様に懐いていたのに、お墓参りには一度も連れて行ってもらっていないんでしょ。最近の相お坊ちゃまは変わられたから、行ってもいいはずじゃない?」


「お墓参りをするのだって義務としか思っていないのに、そこに冷様そっくりの相お坊ちゃまがいたら思い出すからでしょ。それに会いに行く先で、相お坊ちゃまが何かしたらと警戒しているってこと。だって、相お坊ちゃまと同い年の子がいるって噂だし」


「うわあー。完全に泥沼」



 楽しそうに会話は続いていたが、俺は耐えきれずにその場から離れた。

 気分は最悪だった。視界はぼやけて、頭はガンガンと殴られたみたいに痛くて、口を押さえていなければ吐いてしまいそうだ。


 明日が母の命日なのを、俺は知っていた。

 でも毎年家に閉じこもっていたから、お墓参りをしていたことは全く知らなかった。

 先程の話だと、ほとんどの使用人を引き連れお墓参りをした後、父ともしかしたら兄達もとある場所に行っているらしい。


 その場所には心当たりがあった。

 父は、母を愛していなかった。母と出会う前から、父には好きな人が他にいた。

 身分の違いから結ばれることは無かったが、父は母と結婚してからもその人を忘れられず、ある日母を裏切ったのだ。


 そして俺と同い年の、子供が産まれた。


 母はその事実を後になってから知り、とうとう壊れてしまった。



『あの人は、結局一度も私のことなんか見てくれなかった』



 ベッドで横になり、折れそうなぐらいに細くなった母は、そう言って静かに泣いていた。

 裏切られたと知ってもなお、母は父のことを愛していた。

 そんな母の姿をずっと見ていたから、俺は母の代わりに愛されようと必死になっていたのかもしれない。

 どんなことが起こったとしても、それは絶対にありえないのに。


 ここにいない高坂を含む使用人達は、明日に向けて準備に駆り出されているのだろう。

 俺は今まで何も知らされていなかった。母のお墓の場所も知らない。知ろうともしていなかった。



 いつの間にか流れていた涙を、乱暴に腕で拭う。

 俺は部屋に戻る道を歩きながら、ある決意を固めていた。

 母のお墓の場所を知らされていなかったけど、今の俺なら見つけることが出来る。先程の使用人の話が本当ならば、ある人の家の近くにあるのだから。


 部屋へ戻り何も言わず調べた俺は、カバンを取り出して必要なものを詰めた。もちろん現金の入った財布は、一番大事だからまっさきに用意した。








 そして家を飛び出し、現在に至る。

 つまり俺は、こっそり一人で母のお墓参りをしようとしているのだ。

 お金は十分持ってきたし、ルートもきちんと調べておいた。


 母のお墓は、電車に乗って二時間ほどの距離にある。十二歳だから、一人で移動していてもおかしいとは思われないだろう。


 後は家の者に気付かれずに、辿りつけるかどうかだ。使用人は本館に行っているから、しばらくは俺がいないことはバレない。

 でもバレたら最後、捜索が開始されるはずだ。出来れば気付かれずに目的地まで着きたいけど、さすがにそれは楽観的すぎる。


 一応、対策を立てておこう。電車に揺られながら、俺は目を閉じて思考を巡らせた。





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