第12話 ラスボスとの対峙
「わざわざ来てもらって、ありがとうございます」
「いいんだよ。相君のことは心配だったから」
「そうですか。気にかけてもらったみたいで嬉しいです。古城お兄様」
胃がキリキリと痛い。
表面上は和やかに会話をしているが、裏の顔を探ろうとしている俺は気が抜けない。
そのせいでせっかくの紅茶もお菓子も、ただの物体としてしか認識出来なかった。
変に思われないように、定期的に口に運ぶがなんの味もしない。普通の顔で飲み込むのも一苦労だった。
後は、昔からの呼び名でお兄様と言うのも、微妙に辛かった。それだけ慕っていた証拠だとしても、馴れ馴れしく呼ぶには俺自身は古城を知らない。
あくまで、心配して見舞いにきた体を崩さないが、絶対に本当の目的は別にある。
おそらくだけど、俺の変化を知って気になって確認しに来たのだ。
すでに俺を操り人形にしたいと考えていれば、変化が起こるのは避けたいだろう。だからどの程度変わったのか、それを知って次の行動に役立てようとしているのではないか。
もしこの仮説が正しかったら、古城は敵になる。
本当にただ単に心配だから来たという、平和な理由だったらどんなにいいだろうか。期待は出来ないが、その可能性もまだ残しておきたかった。
「最近、なにか変わったことはあった?」
来た。そのあまりにも直球な質問に、色々なパターンを予想していたおかげで、取り乱すということはしなかった。
「変わったこと? ああ、そういえば昨日は家族で夕食をとりました」
「家族で。それはそれは」
変わったことだが、これは古城が求めていた答えでは無い。それで困った顔になったのか、家族のデリケートな話題に触れて戸惑っているのか、まだ分からない。
「はい。……でも、暁二お兄様には嫌われているみたいでしたけどね」
相手の油断を誘うために、悲しげに笑ったのだが、遠くで控えていた高坂が反応した。
眉間にしわを寄せるというささいなものだけど、まだ次男に対して怒っているようだ。
「高坂、紅茶が冷めてきたから新しいものを持ってきてくれ」
この場にいたら口を出しかねないので、俺は頼み事をする。
「相お坊ちゃま、ですが……」
「早く」
「……かしこまりました」
高坂も古城を警戒しているのか、俺の命令に逆らうような態度をとったが、強く促せば渋々頭を下げて出て行った。
別に紅茶は必要ないけど、出て行ってもらったのには理由がある。
「古城お兄様、俺の相談を聞いてくれませんか?」
第三者がいたら、古城は正体を現さない。
二人きりになって、俺が無防備な姿を見せれば、俺を操ろうとしてくるんじゃないか。
そう簡単にぼろを出すとは思わないが、とりあえずアプローチをかけてみた。
「みんなから嫌われているのは分かっています。でも俺は仲良くしたいんです。思っているのに、全然上手くいかなくて」
弱々しく見えるようにうつむくと、俺の元々の容姿から考えれば保護欲を誘われるはずだ。俺をどうにかしようと思っているならば、格好の獲物だろう。
「頼れる人が、古城お兄様以外に思い浮かばなくて……迷惑なのは分かっていたんですけど」
さて、これでどう出てくるか。
対応の仕方によっては、俺の警戒度も変わってくる。
顔を手で覆いながら、ちらりと指の隙間から様子を窺った時、思わず息が止まった。
古城は、とても冷めた目をしていた。
俺を見ているのに、そこら辺にある石と同じように何も価値は無いと、そう表情が示していた。
驚きで声が出なかったのを褒めたい。
今見ているのがバレたら、向こうにも警戒されてしまう。
俺は深呼吸して、そしてそのままの状態で口を開く。
「俺を導いてくれませんか。これからも仲良くしてもらいたいんですか。駄目なら、諦めます」
古城が一筋縄でいかないのは分かったけど、これからしばらくは関わりを持っていたい。
断られる可能性は高いが、その時は別の案を考えればいい。
向こうの表情がとりつくろう時間を与えるために、ゆっくりと手を外して直接顔を見た。
上手く時間を与えられたようで、完璧な笑みを浮かべている。
「そんなに言うのなら、相談に乗らせてもらおうかな。僕がどれぐらい力になれるか分からないけど、それで少しでも心が軽くなればいいな」
「ありがとうございます」
俺を操れると考えたのか、提案は受け入れてもらえた。
第一段階はクリアしたと、俺は古城の手を握った。こんな触れ合いはしたくなかったけど、心を許していると思われたい。
「古城お兄様がいてくれて、とても心強いです」
懐柔しようなんて大それたことは出来なくても、好感度が少しでも上がれば生存率も上がる。演技だけじゃなく、自然と気持ちがこもって握る手に力が入った。
「……相君とは長い付き合いになりそうだね」
その言葉には、別の意味も含まれている気がしたけど、笑顔に隠されて俺には読み取れなかった。
でも、とにかくまた会う約束を取り付けることが出来たから、目的は達成したと言えるだろう。まだまだなんの安心も出来ないが。
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