第11話 立ち塞がる壁





 古城空亜

 俺が生き残るためには、避けることの出来ない存在。

 さすがにラスボスなだけあって、とても手強い相手である。


 俺がこうもわがままで破滅の道まっしぐらに行ったのは、元々の素養と環境もあったけど、裏で操っていた古城の存在も大きかった。

 直接的に指示をしたわけじゃない。

 ゲームでは詳細に説明されていないけど、おそらく洗脳に近いことをされたのだと思う。

 馬鹿な俺は操り人形のように、古城の思い通りに動いた。



 古城のルートで主人公は、偶然裏の顔を知ってしまう。

 人格者であるはずなのにまさか。

 こっそりと調べようとしたが、すぐに気づかれて、主人公は学園の全生徒から避けられるようになる。


 他の攻略対象者からも避けられ、精神的に追い詰められたところで、古城が現れる。

 頼れる人が誰もいなくなり、優しい言葉を久しぶりにかけられ、主人公の心はそこで壊れた。


 最後は古城の腕の中、主人公はうつろに微笑んでいるスチル、そしてこう締めくくられる。



『これで君も、僕の愛しい恋人お人形



 古城のルートは、主人公にとってバッドエンドだ。

 まさかの闇に、クリアしたプレイヤーが嘆き苦しむ声で溢れた。

 でも逆にその病み具合がいいという猛者も現れ、お祭り騒ぎになった。


 俺、五十嵐相はただの雑魚悪役となり、その境遇に同情もされた。



 そういうわけで、俺は最も警戒するべき古城を、早い段階で切り離したい。

 それには、相手のことをよく知るべきだ。


 どうして、そこまで闇を抱えるようになったのか。もしかしたら今の段階であれば、性格を矯正出来る可能性がある。かなり低いが。



「どうして、もっと早く思い出さなかったんだ」



 早ければ早いほど、成功する確率は上がったのに。後悔しても昔に戻れるわけじゃない。それでも考えずにはいられなかった。


 確か今は長男と同じ大学に通い、たまにこの家にも遊びに来ている。

 俺が俺になってから一度も会っていないのは、謹慎で別館にこもっていたせいだ。

 これまでは本館に用もなく行っていた時に、ちょうど古城が長男のところに訪ねていた。


 つまり本館に行かない限りは、会えないわけである。

 用も無いのに行くのは、俺としては嫌だ。それに行ったところで、古城がいるとは限らない。そんな何度も通っていたら、精神的にやられる。


 どうやって確実に、偶然を装って会うことが出来るだろう。

 古城のページを開くと、そこに貼ってある写真がまっさきに目に飛び込んできた。



 柔らかい黒髪と、たれた目、整った顔立ち、写真の中で微笑む姿はゲームで見た時より少しだけ若い、裏の顔を知っていなければ好印象を持っただろう。

 でも騙されてはいけない。

 この人畜無害な容姿とは裏腹に、腹の底ではどんな猛獣を飼っているのか分からないのだ。


 あのルートから、全ての出来事に古城が関わっているんじゃないかと疑う声も上がった。

 結局どこまで手のひらの内だったか分からないからこそ、警戒を緩めるわけにもいかない。


 とりあえず、今どういう状態なのか知っておきたい。一度古城には会いたいのだが、どうすればいいだろう。



 ファイルを見ながらうなっていた時、部屋の扉がノックされた。



「誰だ」


「相お坊ちゃま、申し訳ありません。高坂です。お客様がお見えになったのですが、いかがなさいますか」


「客?」


「古城様です」


「古城だって?」



 なんてタイムリーな。まるで俺が考えていたから呼び寄せたみたいだ。でも向こうから訪ねてきてくれたのなら、こんなにも運がいいことは無い。

 どういう目的かは分からないが、ここは相手を見極めるためにも会っておくべきだ。



「体調が優れないのであれば、今日は遠慮してもらいますが」


「いや、せっかく来てくれたんだから会おうと思う。悪いけどもてなす準備をしてもらっていいか」


「かしこまりました」



 高坂の気配が消えて、そして十分ぐらいが経った頃、また部屋の扉がノックされた。



「どうぞ」



 古城を連れてきた以外の用は無いはずだから、言葉を聞く前に入室の許可をした。

 ファイルはきちんと隠しておいたし、鏡でおかしなところはないかも確認したので準備万端だ。


 扉が開き、まず入ってきたのは高坂だった。そして次に先ほど写真で見た顔が入ってくる。古城だ。

 そして最後に、紅茶やお菓子を載せたカートを押す使用人。


 生で見た古城は、さらに人畜無害という雰囲気が増していた。虫も殺さぬような顔だ。警戒していなければ、絶対に騙される。

 まだその中身が分かっていないが、裏に嫌なものを持っているような気がするのは考えすぎだろうか。



「やあ、相君。久しぶりだね」



 俺と視線が合うと、古城の元々たれている目尻がさらに下がる。その顔にゴールデンレトリバーのような、そんなイメージを持った。



「謹慎していたって聞いて、心配していたんだ。すぐに来られなくてごめんね。体は大丈夫かい?」


「はい、大丈夫です」



 心配して見舞いに来るほど、親しい関係だったとは思えなかった。他の人達同様、俺が一方的に付きまとっていたような状態だった。

 でも古城は、親しい仲のように振る舞っている。


 やはり、油断は出来なさそうだ。

 俺はすでに病んでいるという証拠を掴むために、古城に探りを入れるべきだと覚悟した。







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