第10話 高坂の願い








「私がついていながら申し訳ありません」


「いや、別に怪我したわけじゃないから、そんな落ち込まなくても」


「いえ。あれがもしも凶器だったら、相お坊ちゃまに傷を負わせるところでした。一生の不覚です」


「大げさだって」



 別館に帰ってから、高坂の落ち込みようが凄まじい。

 ただ服が汚れただけなのに、結果的にそうなってしまったことが落ち込む原因のようだ。


 帰ってきてから俺の傍を離れなくて、着替えもお風呂の世話も、全て一人でやった。



「一緒に食事をすると言っていた時点で嫌な予感はしていましたが、さすがに大人しくしていると思ったのが愚かな考えでした。私が至らないばかりに、相お坊ちゃまには不快な思いをさせてしまい、悔やんでも悔やみきれません」



 このままだと切腹しそうな勢いだ。こんなことで血を見たくない。

 跪いて同じ目線になっている高坂に手を伸ばした。



「高坂は俺をきちんと守ってくれた。一人じゃ行くのも無理だったし、あの時も取り乱していたかもしれない。しっかりしていられたのは高坂のおかげだ。悔やむよりも胸を張って欲しい」


「相お坊ちゃま」


「これからもよろしくな」


「っかしこまりました」



 肩に手を置いて言い聞かせれば、高坂の瞳が感動で潤む。切腹の危機は去ったようで良かった。



「……どうしてあんなことをしてきたんだろう」



 次男はずる賢いから、人の目があるところで行動は起こさない。それにいつもと様子が違っていた。

 最後に見た顔がこびりついて離れない。



「相お坊ちゃまは何も悪くございません。あちらがまだまだ子供なだけです」


「高坂は何か分かるのか」


「私にも子供はいますので、何となく予想はできます」



 分かってはいても教えてくれる気は無いらしい。

 一応次男も仕える立場だと思うが、そこまではっちゃけていいのだろうか。



「あちらが大人にならない限りは上手くいきません。相お坊ちゃまは気にせずに、自分のことだけを考えていればいいでしょう」



 まあ、高坂がそう言うのなら大丈夫か。

 それにきっと、あちらはあちらで解決してくれるだろう。



「高坂は俺にもったいないぐらい優秀だ。俺なんかよりも、本館に行った方が力を発揮出来るんじゃないか」


「相お坊ちゃま……それは私が用済みだということですか。私になにか至らないことがあったのでしょうか。どうか相お坊ちゃまから引き離さないでください。もしそうなったら」


「待った待った待った。どうしてそうなるんだ。高坂が優秀だからって言ったよな」



 俺に仕えるよりも、本館で仕えた方が立場的にもいいんじゃないかと、軽く提案しただけだった。

 でもまるでこの世の終わりとばかりに、高坂の表情が変わったから、言葉を間違えたみたいだ。



「私は相お坊ちゃまがお産まれになった時に、一生のお仕えすることを誓ったのです。最後までおそばにいさせてください。しかし不要だとおっしゃるのなら……」


「待て! どうしてそうネガティブな方向に考えるんだ」



 本当に切腹しそうだから、俺は慌てて止めた。



「どうしてそこまで俺の味方になってくれるんだ。そこまでする価値があるのか?」



 俺にはそんな価値は無いのに、そこまで奉仕されると逆に申し訳なくなる。



「相お坊ちゃまは、私もそうですが冷様の宝物ですから」



 冷は母の名前だ。

 母の頃から仕えてくれている高坂は、もしかしたら誰よりも母の傍にいたのかもしれない。



「そうだな、分かった」


「相お坊ちゃま?」


「これからもよろしく頼む」



 完全な味方だと思っていた高坂も、純粋に俺だけを見ていてくれたわけじゃなかった。

 母との間にどんなやり取りがあったのかは分からないけど、俺はそのおまけで守ってもらっているというわけだ。


 俺の微妙な変化を察知したのか、高坂が不安そうに名前を呼んできた。

 それに対して完璧な笑顔を向けて、少しだけ、ほんの少しだけ距離を開けた。







 翌日、高坂は下がらせて部屋に一人になると、昨日は見ることの出来なかった資料を手に取った。

 頼んで集めてもらった、キャラ達の調査結果である。


 分厚いファイル一冊にまとめられたそれは、人物ごとに項目が分かれている。その見出しを指で追っていたが、あるところで止まった。



「……いた」



 俺が頼んだのだから当たり前だけど、その名前を見つけて驚いてしまった。



 古城こじょう空亜くうあ



 この人は設定でいうと、俺と兄弟達の幼なじみだ。

 年齢は長男と一緒で、ゲームでは教師として登場する。


 いつも笑顔を絶やさない、怒ることの無いといった様子で、誰からも好かれるような人だった。

 もちろん俺も、兄達より優しいから依存するように懐いていた。


 初めはただの相談役という立ち位置なのだが、全攻略対象とエンディングまで迎えると、ルートが開拓される。

 そしてプレイヤーは衝撃の事実を知るのだ。



「……俺の敵」



 人当たりのいい古城は、俺を操って嫌われ者にした張本人で、最終的にゲームではラスボスになる、そんなキャラクターだった。


 つまり俺は、古城から逃れることが出来れば、生存確率がぐっと上がる。



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