第9話 気まずい会話





 俺の想像していた通り、食事が始まっても誰も話そうとしない。

 皿と食器が当たる音が響き渡るぐらい、とても静かだった。

 これは、一緒に食べる意味があるのだろうか。本気で思う。


 俺がいるから誰も何も言わないのか、元々会話なんて無かったのだろうか。どちらにしても、この場は設ける必要が無かったと断言出来る。


 次からは、体調不良を理由にして断ってしまおうか。後ろに控えている高坂に迷惑をかけてしまうが、これを何度も続けていたら病気になりそうだ。


 せっかく美味しいはずの料理も、砂を食べているかのように味がしない。



「……料理が口に合わないのか」



 もそもそと流れ作業のように口に運んでいれば、父親が呟くぐらいの声量で聞いてきた。この質問は俺に向けられたものだろう。そう判断して、口の中に入れていたものを飲み込む。



「いえ。とても美味しいです」



 これでまずいなんて言ったら、料理人の首が飛ぶ。味がしないのは雰囲気のせいなので、作った人間に罪はない。



「そうか」



 だから事実とは逆の感想を言えば、父の雰囲気が少し和らいだ。どうやら俺の返答はお気に召したらしい。表情が上手くとりつくろえていたようでなによりである。



「どういったものが好きなんだ」



 会話はそこで終わりかと思えば、次の質問が飛んでくる。

 話の流れから考えると、好きな食べ物を聞かれている。でも俺の好みを聞いてどうするというのだ。


 何を企んでいるのか分からず固まっていれば、視界の端に映った料理長の顔が青ざめているのが見えた。俺に必死に祈っている。どんな仕組みなのか、返答次第で彼は窮地に陥ることになるようだ。



「……この家の食事はどれも好きです」



 それなら、模範解答はこれか。安心しているみたいだから合っていたらしい。

 本当は好きな食べ物はある。でもそれをここで口にしたところで、場の空気が悪くなるだけだ。そのぐらいの気遣いは出来る。


 母が作ってくれた煮込みうどん。そう言ったら、誰か用意してくれるのだろうか。いや、絶対に無理だ。



 そのまま食事を再開すれば、ちらちらと視線が刺さった。三方向から飛んでいて、俺が何をしたのかと叫び出したくなる。

 こうなったら早く目の前の料理を片付けて、無礼ではあるが先に帰らせてもらおう。



「どうして鍛えるようになったんだ」



 流れ作業のスピードを早めたようとしたが、それを察知したかのように今度は長男が話しかけてきた。

 それを知って、何か意味はあるのかと聞き返したい。でも別に隠すことでもないか。



「もう少し身長と筋肉をつけたいと思いまして」


「何故?」


「こんな弱い体よりも、そういった方が好ましいからですかね?」



 また沈黙。尋問をされているような気持ちになって、俺はやり返してみようと口を開く。



「まさか、ひ弱なままでいろなんて言わないでしょう。俺はお父様達みたいになりたいんです」



 性格はどうであれ、その体は理想的である。

 もう少し筋肉をつければ俺がなりたい姿だった。



「そ、そうか。私達みたいに」


「い、いいんじゃないか」



 父と長男が声を上ずらせて喜んでいる。

 どこに喜ぶ要素があるのか不明だが、理不尽に怒られるよりはマシか。


 皿にのった肉の最後の一つを食べようとした時、ベチャリという音と共に何かが頬の辺りに張りついた。それは、重力に従って上着を滑り床に落ちる。


 俺が今食べようとしていた肉の塊だ。


 どこからか飛んできて、俺に当たった。突然現れるわけもないので、投げた犯人がいる。

 そちらを見ると、向こうは拳を握りしめて震えていた。


 高坂に汚れたところを拭いてもらいながら、俺は首を傾げた。



「なにか?」



 慌てる周囲を抑えるように手を挙げて、次男の答えを待つ。それでも高坂が納得いっていないような様子だから、視線で落ち着くように促した。



「なんでそいつのことばかり見ているんだよ!!」



 その行動が我慢ならなかったらしい。かんしゃくを起こしたかのように叫んだと思えば、今度は添えられている野菜を鷲掴みにした。


 そのまま投げてこようとしたので、庇うように高坂が俺の前に出る。



「邪魔なんだよ、おっさん!」



 高坂の行動一つ一つが、次男の怒りに火をつけるらしい。憎々しげに振りかぶってきたから、目に入るのだけは嫌だと顔をそらした。



「いい加減にしろ!」



 でもそれは投げつけられる前に、父の怒鳴り声で止まる。



「何を子供みたいにしているんだ」



 長男も呆れたふうに、聞こえるぐらいの大きさで息を吐いた。


 その対象は俺じゃなく、次男であることに俺は驚いていた。今までだったら、どんな状況でも俺が悪者にされていたのに。



「相お坊ちゃま、すぐに着替えましょう」


「ああ、そうだな。……食事の途中ではありますが、俺はこれで失礼させていただきますね」



 肉のソースがベッタリとついているから、この服は廃棄するんだろう。クリーニングに出せば綺麗になるのに、その手間よりも新品を買う方がいいと思っているのだ。お金持ちの金銭感覚には、未だについていけない。


 でも服を理由に、この場を退散出来るのはありがたかった。全員が怒っている気まずい状況ではあるが、後は家族で何とかしてもらおう。


 退出することを伝えれば、父も長男も名残惜しそうにしたが、汚れた服を見て許可してくれた。



「……また食事をしよう」



 その言葉には返事をせずに、会釈だけ返した。



 部屋から出る際、閉まる扉の隙間から次男と視線が合った。

 その表情は、怒りもあったが迷子の子供のようにも見えて、頭に焼き付いてしまった。




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