第8話 使用人の変化と、憂鬱な夕食





 夕食を一緒にとる、という約束を半ば無理やり取り付けられ、俺のテンションは過去一番というぐらい下がっていた。


 今さら家族の時間を持とうとしているのなら手遅れな気もするが、俺の態度も悪かったかもしれない。

 もしも、万が一にでも向こうから歩み寄ってくれているのであれば、俺も少しは歩み寄る努力をするべきだろう。


 でも絶対に会話が続かないのは目に見えているから、苦痛な時間を過ごすことになりそうだ。

 誰も何も話さない、食器の鳴る音しか聞こえない場面が簡単に想像出来て、頭が痛くなった。




「相お坊ちゃま、こちら頼まれていたお品物です」


「ああ、ありがとう」



 自分よりも年齢が上の人に対して、敬語を使わないのに、ようやく慣れてきた。

 最初は間違って言ってしまうたびに、偽物でも見るかのような顔をされていたから、早く直そうと必死になったおかげだ。


 お礼を言うだけでも驚かれる時がある。

 してもらって当たり前というのが常識らしい。

 でも、してもらったことにお礼を伝えないのはモヤモヤするから、これに関しては注意されない限りは直すつもりはない。



 本館と別館では使用人が違う。

 母が生きていた頃から仕えてくれている人がほとんどで、同情しているのか完璧に世話をしてもらっている。


 わがまま放題だった時もそうだった。

 そのせいで、俺の言動を止める人間がいなかったとも言える。でも、最後まで味方でいてくれたのも事実ではあった。


 その中でも一番近くにいてくれたのが、俺つきの執事である高坂こうさかだ。

 確か年齢は今の段階で四十歳、だからゲーム開始時点では四十五歳になる。

 父よりも父親をしてくれて、落ち着いた雰囲気の、母以外で唯一心を許せる人だった。


 高坂は変わった俺を受け入れてくれた。相お坊ちゃまも大人になられたんですね、そう言って笑う姿に胸がしめつけられた。

 俺が勘当されれば、別館にいる人達も解雇される。その後どうなったのか書かれていなかったけど、たぶんいい結末にはならなかっただろう。


 俺の行動で、不幸になる人が決して少なくはないことを知った。だからその人達のためにも、もう少し頑張ってみることに決めた。



 高坂に頼んでいたのは、攻略対象と主人公の現在の情報だった。必要かどうかはさておき、一応向こうが今何をしているのか、知っておきたかったのだ。


 頼んだのは一週間前だったのに、俺が指定した人物全員を調べ終えたのだとしたら、かなり優秀である。

 すぐにでも読みたかったけど、これから楽しい楽しい夕食の時間だった。



「後で読むから、人目のつかない場所に置いてくれ」


「かしこまりました」



 行きたくない。でも行かなければ、こちらに来てしまう。

 最初は別館で食事をする予定だったのを、なんとか俺がそっちに行くことで同意してもらったのだ。時間に遅れたら、これ幸いとばかりに別館に場所を移されてしまう。



「高坂は一緒に来てくれるんだよな?」


「相お坊ちゃまがお望みとあらば」



 それなら少しは安心か。後ろに控えるだけとはいっても、いてくれるだけで心強いだろう。

 妙に嬉しそうにしているが、本館に行くのが楽しみなのかもしれない。俺の服を用意する時も待ちきれないとばかりに手際が良かったし、その可能性は高そうだ。



「そろそろ行くか」



 気分は完全に罰ゲームで、俺達は本館の方へと向かう。

 これから一時間ほどは、精神を無にしながら過ごさなくてはならない。


 食事をする部屋に辿り着いてからも、俺は沈んだ気持ちを盛り上げることが出来なかった。

 約束の時間前なのに、すでに全員が席についていて、部屋に入った俺に注目が集まる。



「時間前に来たつもりでしたが、もしかして遅れましたか?」



 わざと間違った時間を伝えるという、姑息な手を使ったのか。そのことでネチネチと文句でも言う作戦か。



 思うようにはさせないと頭を下げれば、父が慌てて手を振る。



「いや、遅れたわけじゃない。私達が早く来すぎただけだ」



 嫌味でも言われるかと思ったのに、別に意地悪をされたわけじゃなかったみたいだ。



「それなら良かったです」



 さて俺の席はどこかと視線を巡らせて、どういうわけか候補が三つあることに気がついた。

 長方形のテーブルのお誕生日席に座っている父の隣、その脇に向かい合って座っているそれぞれの兄の隣。

 正直にいえば、どこにも座りたくはない。父の向かい側の、三人から一番遠い端の席じゃ駄目なのか。たぶん駄目だろう。


 視線が集中しているのに、変なプレッシャーを感じながら、俺はこの中で一番マシだろう席に座った。


 俺が動くのを追ってきた視線は、席に座ってからもまとわりつく。



「なにか?」



 あまりにもいたたまれなくて、ちらりと特に視線の強い父に尋ねた。



「……どうしてそこに座ったんだ」



 俺が選んだのは長男の隣だった。

 どうしてと言われると、まあ色々と理由があるのだが。



「ここなら落ち着いて食事が出来ると思いまして」



 父の隣は論外で、テーブルの幅が狭い分距離が近くなるし、兄達の視線にさらされる。

 次男の隣も、何をされるか分からない。

 そうなると消去法で、長男の隣がマシということになる。

 さすがに隣から何かをしてくるわけないし、体が大きいから父からの視線から隠れられる。


 ただそれだけのことだったが、何故か父と次男の機嫌は下がり、隣に座る長男の機嫌が良くなった気配を感じた。





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