第7話 家族の変化
「せっかく勧めているのに、なぜ拒否する」
あまりにも頑なに断りすぎたからか、長男が間に入ってきた。そっちにとっても嫌なはずなのに、どうして座らせようとしてくるのだろう。
「謹慎が解かれたとはいっても、俺は悪いことをしました。それなのに、のうのうと座るわけにもいきません。それに立っている方が楽なので」
さすがにここまで言えば、こっちが折れることはないと悟ってくれた。
「分かった。座らなくてもいいから、もう少し近くに来てくれ。こんなに遠いと話がしづらい」
「……はい」
出来れば扉の前にいるままで、何かあったらすぐに逃げられるようにしたかったのだが、これも拒否をしたら怒られる。
しぶしぶ近づくと、三人の表情が分かりやすくなった。
上手く隠しているのか、予想していたような敵意は感じられない。困惑といった方が合っているか。
でも、まだまだ油断は出来ない。
三人とは机を挟んで2メートルぐらい距離をとったところで止まる。
これ以上は無理だ。
何も言わずに止まっていれば、これ以上近づかせるのは諦めたようで口を開いた。
「最近、色々と話は聞いている」
世間話で濁すことなく、直球に聞いてくるか。
遠慮をする必要なんて無いと思われている。まあ、分かっていたことだ。
「なにかご迷惑をかけたでしょうか。全く心当たりが無くて」
実際に迷惑という点では、俺は何もしていない。成績が上がって迷惑だというのも、おかしな話である。
「早まるな、迷惑をかけられたとは言ってない。ただここ最近の変化について、一体何があったのか聞きたい」
それを聞くのか。俺の変化の理由に心当たりが無いと。
「……いいことじゃないですか。わがまま放題には頭を痛めていたんでしょう。大人しくしていますから。それを望んでいたのはそちらだ」
声が震えた。このまま言うのは駄目だと頭では分かっていたけど、それでも止まらなかった。
「もう関わらないでください。俺もそうします」
これで終わりだ。せっかく大人しくしていようと思っていたのに、ことごとく俺の地雷を踏み抜いていくのが悪い。
ゲーム開始前に勘当されるのか。どこかの家に養子にでも出してくれれば、まだなんとかなりそうだが。というよりも、そっちの方が平和に暮らせる気がする。
一発ぐらい殴られるのを覚悟で、三人の顔を見た。歳や色の違いはあれど、並んでいると似ているのがよく分かる。何も言わなくても家族だとバレるはずだ。
この中に俺が入ったところで、異質でしかない。全く似ていないし、家族だと思われることもない。だから俺はゲームでも排除されたのか。
そんなに排除したいのなら、今すぐにでもこの舞台から降りてやる。
ここまで言えば、向こうだって怒り心頭だろう。
そう思っていたのに、いつまで経っても三人の誰も怒る気配が無い。
なんだかその様子に嫌な予感がして、俺は自分から勘当される流れに誘導しようとした。
「待ちなさい。どうやら随分と勘違いをしているようだ」
決断が遅かったか。
話の先手をとられ、俺は歯がゆい気持ちで次の言葉を待つ。
「成績が上がって、使用人に対する態度も軟化しているのは聞いた。でも呼び出したのは叱るためではない」
それなら何のためになんだ。
聞きたくなかったが、話そうとしているのに無視するほど悪にはなれなかった。
「本館に住まいを移さないか?」
「……は?」
よりにもよって、なんて馬鹿なことを言い出したんだ。耳がおかしくなって、幻覚が聞こえたという方がマシだった。
「どうして急にそんなことを?」
「……家族なのだから、一緒の場所に住むのは当たり前のことだろう。お前も、前から望んでいたじゃないか」
それは、今の俺じゃない。
大方、変わった俺を見極めるために、近くで監視しようとしているのだろう。
兄二人が文句を言わないところを見ると、そこの話し合いは済んでいるようだ。
後は俺が喜んで受け入れれば終わり、もう少し早く提案があれば、そうなったかもしれない。
「申し出はありがたいですが、俺は別館のままがいいです」
でも完全に手遅れだ。
断れるとは夢にも思っていなかったらしく、声もあげずに驚いている。父なんか椅子から転げ落ちそうだった。
「なんで断るんだよ!」
今まで黙っていた次男が、噛みつく勢いで怒鳴ってくるが、俺はそれを冷静に対処した。
「産まれてからずっとあそこで生活していたので、今更変えられても困ります。聞いていると思いますが、トレーニングするための部屋も作ったんです」
ここで俺は一回区切ると、三人に向けて微笑む。
「それにあそこには、思い出が詰まっていますから」
母と二人で過ごした思い出。
この三人にとって母は嫌悪の対象だったかもしれないが、俺にとっては違う。
とても優しくて、そしてとても可哀想な人だった。
俺の言葉に一気に顔色が悪くなったが、相手もなかなか諦めなかった。
「それなら、夕食だけでも一緒にとらないか」
ため息をつきたい。でもこれ以上拒否するのも、俺が悪人みたいで嫌になる。
「……分かりました」
憂鬱な時間だけど、とにかく我慢すればいい。
ここに残っていると、さらに何か付け足されそうな気がして、俺は了承の意志を伝えると頭を下げて三人に背中を向けた。
そんな俺の姿に何を思ったのかは知らないが、部屋を出るまで背中に視線が突き刺さるのを感じていた。
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