第6話 穏やかな日々は続くことなく
長男が報告したのか、それから本館から誰かが尋ねてくることは無かった。
そのおかげで俺は満足がいくまで鍛えることに集中出来て、最近身長が伸びてきたのと筋肉がついてきたという嬉しい結果になった。
俺がわがままを言わなくなったから、使用人の態度も柔らかくなったような気がする。
勉強も新しいことを知るのが楽しくて積極的にしていると、家庭教師が涙を流して感動した。前までの俺はどれだけだったのか、成績表を見て納得してしまった。
勉強は一般的なものだけではなく、俺があまりにも熱心にするようになったからか、家に関するものも行われるようになった。
「今の相お坊ちゃまは、同世代の誰よりも能力が高いでしょうね」
あまりにも勉強が楽しかったせいで、俺は少し状況を考えるのを忘れていた。
家庭教師のその言葉は、つまり遠回しではあったけど、俺が次男よりも優秀だということを伝えていた。それはマズイ。
出る杭は打たれる、というのはどこの世界でもありえることだ。
しかも相手は、五十嵐家の跡継ぎ。
いくら弟だとしても、邪魔な存在になるだろう。
軌道修正をしなくては。すぐにそう決めたのだが、これがなかなか上手くいかなかったのだ。
「相お坊ちゃま、いかがなさいましたか。今日はお加減がよろしくないのでしょうか」
やると決めたが遅すぎたのか、駄目なところを見せようとしても、それが俺の実力だと信じてもらえない。むしろ体調を心配される始末。
でもいつもの力を出してしまえば、父の耳に届く届くのも時間の問題だ。
どうすればいいのだと、俺は頭を抱えて悩むはめになった。
今は勉強についていけなくなった風を装って、少しずつ成績を落としているのだが、家庭教師は納得がいっていない顔をしている。
それに気付かないふりをして、俺は目立たないようにという計画を実行していた。
そのうち、俺が凡人だと思ってくれる。
そのはずだった。
父が呼んでいると知らされた時、思わず顔をしかめてしまった。慌てて表情をとりつくろう。
「ですが、まだ謹慎期間中です」
無理だとは分かっていたけど、謹慎を理由に辞退してみようとする。
「旦那様から、本日で謹慎を終了するとのことです」
「そ、うですか」
やはり先手を打たれていた。
内心で舌打ちしながら、俺は伝えに来た父付きの執事に微笑む。
「申し訳ないのですが、着替えてからでもいいですか?」
「かしこまりました。お待ち致します」
待っていてくれなくても一人で行けると言いたかったが、言ったところで俺の立場的には無理なことだ。
俺の身の安全よりも、俺自身が何かをするんじゃないかというの不信感の方が強い。
簡単にではあるけどちゃんとした格好、という矛盾した準備を終えると、俺は執事に先導されて本館へと向かう。
謹慎期間中だった中途半端な時期に呼び出すということは、原因は一つしか思い当たらない。
あの家庭教師が、とうとう父の報告してしまったのか。向こうは仕事だから仕方なかったとしても黙っていてほしかった。
今はいないが恨みを飛ばしつつ歩いていたら、いつの間にか見覚えのある扉の前に着いていた。
この前も憂鬱だったけど、今日の方がもっと嫌だ。
執事が父とやり取りをしているのを聞きながら、ここから逃げ出したかった。
まあ結局、いやいやだけど中に入るしかなかったが、部屋にはテンションを下げるような光景が待っていた。
父の隣を固めるように兄二人がいる。俺の命日か。そう思った。
二人とも、目が合うと驚いた反応をする。特に次男が一番大きかった。
そういえば、まだ謝っていなかった。
鍛える前だったから、腫れていたり傷ついていたりはしていないが謝るべきか。
入ってからは何も言われず見られているだけだから、それを望んでいるのだろう。
「頬を殴ってしまい、申し訳ありませんでした」
謝ったら満足してくれて帰してくれればいいのに。
そう思いながら頭を下げれば、複数の息を飲む音が聞こえてきた。執事はすでに退出しているので、三人のうちの誰かだ。
「頭を上げなさい。もう謝らなくていいと言ったはずだが」
「本人には直接謝罪をしていなかったので」
咳払いと共に父の許しが出たので、すぐに顔を上げた。
次男を見れば、気まずそうに顔をそらされる。視界に入れるのも耐えられないのなら、ここにいなければいいものを。
父に命令でもされたのか。
「謹慎を解いていただき感謝致します。それで呼び出された理由とはなんでしょうか?」
見当はついていても、自分から言うのは嫌だった。全く心当たりはないとばかりに首を傾げてみる。
「あ、ああ。そのことだが。とりあえず座って話さないか?」
「いえ、俺はここで」
「し、しかし」
「いいんです」
ソファに座るように促されたが、俺は断固として拒否した。
この前は座ったが、今は拒否している理由は一つだ。
ソファは対になっているが、三人が並んで座るのには小さい。そうなると誰かが俺の隣に座ることになる。
「すみません、座るのはちょっと」
それだけは絶対に嫌だった。だから俺はさらに拒否した。
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