第5話 変わっていくもの
謹慎が始まってから、はや一週間が経った。
その間も俺は、きちんとやるべきことをやっていた。
使用人に頼んだのは一つ。
別館の空いている部屋に、トレーニングマシンを置いてもらうことだった。
最新鋭の設備になったのは家のおかげだ。というよりも、昔の俺が頑張っていたからだ。
家から毎月、お小遣いとは呼べる額じゃ無いぐらいの大金をもらっていて、俺はそれを資産運用していた。
思ったよりも才能があったらしく、家族は知らなかったが、気がつけば何倍もお金が増えた。
それを本当は家族にプレゼントを渡すために使っていたけど、もうそんなことをする必要は無い。
俺のお金だというと間違いかもしれないが、有意義に使うつもりである。
そのための一歩として、トレーニング部屋を作らせてもらった。
マシンの数々を見るだけでテンションが上がり、初日は奇声をあげて使用人を驚かせてしまった。
それからは毎日外が暗くなるまで、この部屋にこもるようになった。もちろん休憩はとっているし、無理はしていない。体を壊したら元も子もないからだ。
だから、ずっと部屋にこもっているとはいっても、部屋の中で本を読んだりする時もあった。
シャワー室や、冷蔵庫、簡易ベッドも完備しているから、ここで生活しようと思えば出来る。
謹慎しているとはいっても、今の生活は俺にとって極楽だ。このまま何事もなく終われば楽なのに。
そうはいかないのが、人生というものかもしれない。
「相お坊ちゃま。はじめ様が来ております」
「通してください」
こんなところに何の用だ。口から出かけたが、俺は入室の許可を出した。
そうすると、すぐに扉の開く音が聞こえてくる。
「失礼する」
俺はマシンを動かしながら、入ってきた長男の姿を見た。
おそるおそるといった感じで、こちらの様子を窺っている。俺が何も話しかけないから、どうしようか分からなくなっているのか。
そんな気遣いをするような間柄でもないのに、どういうつもりだろう。
というか何をしに来たのだ。用事があるから来たんじゃないのか。
「何かありましたか?」
大人しくしていたつもりだったが、知らない間に気分を害することでもしただろうか。イチャモンを付けてくるつもりなら、こちらも喧嘩をする覚悟である。
「いや、その……」
文句を言ってくるかと思ったけど、何故か歯切れが悪い。視線をさまよわせて、そして首の後ろに手を当てている。寝違えたのか。
これはトレーニングどころじゃないと、俺はマシンから離れた。タオルで汗を拭い、そしてペットボトルで水を飲む。
その間、長男の存在は無視していた。
このまま帰ってしまおうか。そう考えてしまうぐらい立っているだけだから、俺は冷たい視線を向けてしまった。
「用が無いなら監視ですか? 謹慎しているのか心配なら、ちゃんと別館から外には出ていないのを使用人に確認でもしてください」
「ちが……」
「違うならなんですか。……ああ、そうか。殴ったことの謝罪をしていないから、謝りに行けということですか」
後はそれぐらいしか、ここに来る心当たりがない。確かに反省しているというアピールのために謹慎していたが、本人に一言も謝っていない。別館から出られないし、向こうも俺の顔なんて見たくないだろうと思ったから、しなくてもいいと考えていた。
でもそれは俺の考えで、向こうがどうなのかは聞いていなかった。
「それは俺の考えが浅はかでした。今すぐ謝罪をしに行きたいのですが、謹慎中なので外に出る許可を得てからでもいいですか」
先に馬鹿にしてきたとしても、手を出した俺が悪い。父にも伝えたから、大丈夫だろうと放置していたのは判断ミスだった。
汗をかいているから着替えて、次男のところへ行こう。
「ちょ、ちょっと待て」
父に許可を出してもらうために、使用人を呼び出そうとした時、静かだった長男が声をかけてきた。
「? なにか?」
謝罪をするなら、早い方がいい。そう思って今からやろうとしているのに、どうして止めてくるのだろう。
「別に暁二の件で来たわけじゃない。いや、全くの無関係というわけでもないが」
「はあ」
「お前が大人しく謹慎をしていると聞いて。それに体を鍛えだしたと」
「はあ」
つまり俺が本当に変わったのかどうか、確かめに来たのか。それなら監視と変わりはない。
「見ての通りです。無駄遣いというのなら、これは俺の個人的なお金を使ったので、家のお金には一切手を出していません。残りの期間も大人しくしていますから、そう報告してください」
「いや。俺は、その……分かった」
何かを言おうとして止めたが、俺から尋ねることはしなかった。もうどう思われていようと興味が無い。
「謹慎が明けたら、ちゃんと謝罪もします。ああ、もし顔も見たくないというのなら、俺は反省しているから二度と顔を合わせないようにすると伝えてください」
そのまま帰ろうとする背中に声をかければ、動きが止まった。
「……変わったな」
無意識に呟いただろう言葉は、俺の耳に入ってきた。
こちらを見ようともしないので、小さく息を吐いて答える。
「変わるしかなかったんですよ」
長男は答えることなく、静かに部屋から出て行った。
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