第4話 俺の父
次男を殴った件は、すぐに父のところに伝わった。
元々ワガママだった俺を監視するための使用人がついていたのだから、その早さも納得出来るというものだ。
そういうわけで俺は今、父から呼び出しを受けている。
本館の廊下を歩いている最中、すれ違う使用人がコソコソと俺に隠すことなく話をしていた。どうせ俺の立場が弱いから、不敬になることはないと侮っているのだろう。
気づかれないように話している顔を覚えながら、とうとう父のいる書斎の前にたどり着く。俺の住んでいる別館とは比べ物にならないほどの豪華さに、さすが金持ちは違うと状況を忘れて呆れる。
この扉だけで、一般家庭の年収を超える金額だ。威信を見せるためというのもあるだろうが、もっと他に使い道があるんじゃないかと思ってしまう。
ずっと扉の前にいても何も終わらない。
怒られるために呼ばれたのだから、さっさと中に入って終わらせてしまおう。
深呼吸をして、その分厚そうな扉をノックした。
「相です」
「……入れ」
「失礼致します」
すぐに入室の許可が出て、俺は面倒くさいと表情に出てしまうのを隠しながら、ゆっくりと中に入る。
書斎は扉同様豪華な造りで、父の座っている机に行くまで十歩ほどの距離があるぐらいには広い。俺の住んでいる部屋の三倍とはいっても大げさじゃない。
机に座り書類に目を通していた父は、こちらに視線を向けてくる。
昔だったら、許可を出される前に部屋に入っていたし、そもそも約束が無くても来ていた。
それに入ったら入ったで、仕事をしている父に構ってもらおうと返事が無くても話しかけていた。
仕事の邪魔をしていただろうが、俺はここ以外に父のいる場所を知らなかった。
住んでいる場所は別で、食事の席も別、生活習慣も違っていたから、俺が会いに行かなければ一ヶ月、二ヶ月はおろか一年だって顔を合わせない可能性が高かった。
今はそれを逆手にとって、必要最低限の接触だけをするつもりだったが、次男を殴ったせいで予定が狂った。
出来る限り怒りを長引かせないように、俺は何かを言われる前に土下座をする。
「!! 何しているんだ!!」
さすがにここまでするとは思ってもみなかったのか、驚く気配が伝わってきた。
「大変申し訳ありませんでした。どんな罰でも受ける覚悟です」
先手必勝で謝ってしまえば、向こうも怒りづらくなるはず。俺の目論見通りに、父は戸惑っていた。怒りを感じられず、どうしようかと迷っているらしい。
でも、まだ頭を上げるべきじゃない。
今までのギャップで、やればやるほど効果が増す。
「と、とにかく頭を上げなさい」
「いえ。反省しているのを知ってもらうためには、動くわけにはいきません」
「いいから」
近づいてきた腕をとられ、引き上げられる。
変な格好で立たされ、俺は父の顔を間近で見る。
長男をそのまま老けさせたような、いい形で年をとった男性といった感じである。冷たさはあるが、兄二人に向ける表情には温かさがあった。俺に向けられたことは一度も無いが。
「申し訳ありません」
「もういい。謝らなくていい」
そのままソファに座らされて、その向かいに父が座った。まるで圧迫面接みたいだ。
「それで? どうして暁二を殴ったんだ」
それを聞かれるか。俺は言ってもいいが、素直に言ったら怒られるのが目に見えている。
「向こうはなんと言っているんですか」
次男がどう言ったのか気になるところだ。
「暁二は黙っている」
自分は黙っているなんてズルい。
俺に責任を負わせようとしているのか。本当に性格のねじ曲がった嫌な奴である。
「理由を聞いてどうするつもりですか? 俺が悪いのは変わりないでしょう。さっさと罰を与えてください。謹慎でしょうか、それなら今からでも受けますから」
「ま、待て」
「待つ必要なんてありますか? どうせ待ったところで結果は変わらないですし、俺の顔を見ているのも嫌でしょう?」
「っ」
息を飲む音が聞こえた。図星か。
それなら引き止める理由も無いだろう。俺は相手の負担を考えて立ち上がった。
「殴ってしまった罰として、一ヶ月別宅から出ません。幸い俺は家庭教師をつけてもらっていますし、外に出る必要も無いでしょう。顔を見せないように大人しくしていますから。それじゃあ、俺はこれで失礼致します」
今までの罰を考えて、大体の内容を俺が導き出し伝えると、父の返答も聞かずに部屋から出た。
記憶よりも、今日の父の態度は柔らかかった。でも優しくなったわけじゃない。
一ヶ月、俺は別館から出られない。自分で言ったことではあるが、なんともまあ窮屈な状態だ。
せっかく鍛えるつもりだったのに、外に出られなくなってしまった。
でも、何もしないのは絶対に嫌だ。
どうするか考えた俺は、すぐに閃いた。
外に出て鍛えられないのなら、中で鍛えればいい。俺にはそれが出来るだけの力を持っていた。
やるなら、即行動。
俺は使用人を呼び出すベルを鳴らして、そしてとあることを頼んだ。
最初は困惑されたが、どうせいつものわがままが始まったと、すぐに諦めて従ってくれた。
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