第15話 母のお墓へ





 すぐに駅の改札から外に出ると、俺はこの場所からお墓までの時間を計算する。

 たぶんだけど、車で一時間半ぐらいだろう。

 バスを使っても良かったけど、バス停にとまったり一直線に向かってくれるわけじゃないから、さらに時間がかかってしまう。それに、電車の時みたいに先回りされやすい。


 それならタクシーにするか。お金の心配はいらないから、今回のケースだとバスよりはマシだ。

 問題点を挙げるとするならば、遠い目的地を伝えてタクシーの運転手に家出を疑われそうだということである。


 俺がここにいることは、先ほどの人がよほどの馬鹿じゃない限りは、全員に伝わっているはずだ。そうなるとここから早く逃げないと、追っ手の数がどんどん増える。


 周囲を見回してみて、俺を捕まえようとしている何者かの気配が無いのを確認する。

 でも悠長にしている時間は無い。


 タクシーを見つけるか。

 上手くごまかして、通報されないように頑張ろう。



 覚悟を決めて歩き出した時、後ろから肩に手を置かれた。



「!?」



 まさか、もう追っ手が?

 ついさっき確認した時は、誰もいなかったはずなのに。忍びのように気配を消していたのか。


 これは、もうとにかくがむしゃらに逃げるしかない。俺は振り返らずに逃げようとした。



「ねえねえ、迷子?」



 でも後ろから聞こえてきた声に、考えを変えて振り返った。


 そこに立っていたのは、俺と同い年ぐらいの可愛らしい子だった。

 今にもこぼれ落ちそうな大きな瞳に、桜色の頬、ツンと上向いているけどぷるぷるしている唇。全体的に守ってあげたくなるような雰囲気だ。

 触り心地が絶対にいだろうふわふわの金髪に、青色の目はここがゲームだからこそ当たり前として受け止められる。


 俺はその姿を見て、肩に手を置かれた時以上の衝撃が走った。

 まさかこんなところで。

 ゲームのシナリオがそうさせているのか、俺は表情を作るのを忘れて、ただじっとその顔を凝視した。



「やっぱり迷子なのかな?」



 俺が何も言わずただ固まっているから、首を傾げている。その姿も絵になっていて、後ろにキラキラとしたエフェクトが見えそうだった。



「もし迷子なら、僕が一緒におうちを探そうか?」



 なんの警戒心もなく、無邪気に提案するこの子が自己紹介をする前から、俺は誰だか分かっていた。



「あっ、僕の名前は月ヶ瀬つきがせあい。君の名前は?」



 これが運命ということなのか。

 母のお墓参りに行こうとしている途中、偶然おりた先の駅前で、このゲームの主人公に会うなんて、誰かが運命を操作しているとしか思えなかった。









 どうしてこうなった。

 家を飛び出した時以上の状況に、自然と頭を抱えていた。



「もしかして車酔いしたの?」



 そうすると隣に座っていた主人公、もとい月ヶ瀬が心配してくる。



「それは大変だ。お茶飲むかい?」


「……いえ大丈夫です」



 そして運転席から、月ヶ瀬によく似た、まるでそのまま成長したような人も心配してお茶を勧めてきた。

 でも、車酔いをして頭を抱えているわけじゃないからそれを断る。



「本当に大丈夫? 気持ち悪くなったら、すぐに言ってね」


「大丈夫。ちょっと考え事をしていただけだから。月ヶ瀬がそんなに心配しなくてもいいよ」


「愛って呼んでって言ったよね。月ヶ瀬じゃなくて」


「あー、ごめん。下の名前で呼ぶの慣れてなくって」


「早く慣れてくれると嬉しいな。だって同じあいって名前なんだもん」



 グイグイとくる月ヶ瀬に引き気味になっていると、それを察したのか助け舟が入る。



「愛。あんまり困らせない」


「えー。でも」


「仲良くなりたいなら、強要したら駄目だよ」


「はーい……」


「ごめんね、五十嵐君。嫌だったら、はっきり言っていいからね」


「えっと、嫌じゃないから、大丈夫です」


「五十嵐君は気を遣えていい子だね。うちの愛にも見習ってもらいたいぐらいだよ」


「もう、お父さんっ。そんなこと言わないで」



 二人とも笑顔であふれていて、誰が見ても幸せだと言える姿だ。



「あの、乗せてもらってありがとうございます」


「いいのいいの。どうせ近くまで行くところだったし、一人でタクシーは大変でしょ」



 あの時、月ヶ瀬に迷子だと勘違いされて、俺はその勢いに気がつけば、お墓まで送ってもらうことになっていた。

 迷子じゃないしタクシーで行けるからと、何度も申し訳ないと断ったのに、月ヶ瀬とその親に押し切られてしまい、諦めるしか無かった。


 でもタクシーよりも追われる可能性は低いし、まさかこの車に乗っているとは予想もつかないはずだ。

 色々と言いたいことはあるけれど、上手く進んでいるとポジティブに考えよう。



「それにしても、本当に五十嵐君は偉いね。一人でこんな遠くまでお墓参りに行こうとしているなんて」


「でも結局迷惑をかけてしまっていますし……」


「迷惑なんて、とんでもない。むしろ愛の相手をしてくれて助かってるから、こっちがお礼を言いたいぐらい」



 ミラー越しに視線が合う。

 目元しか見えないが、笑っているというのがすぐに分かった。



「ねえ五十嵐君。家の人には、ちゃんと連絡しているんだよね。何も言わずに出てきていたら、絶対に心配しているよ」


「大丈夫です」



 言わなくても、絶対に心配していない。言葉の裏に隠した意味を悟られそうで、視線を外したくなったが、なんとか我慢して目を合わせ続けた。



「そう、それならいいけど。着くのに、まだまだ時間がかかるから、疲れたなら寝ててもいいからね」


「寝ちゃ駄目。相君のこと、もっと教えて!」


「こら、愛」


「……ごめんなさーい」



 俺は言葉に甘えて目を閉じようとしたが、たぶん月ヶ瀬が寝かせてくれなさそうで、乗せてもらうお礼として相手を請け負うことにした。





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