第16話 辿り着いた先
「……愛、五十嵐君、着いたよ」
くすくすと笑い混じりの声と共に、体を揺すられる。
深い眠りの中にいた俺は、せっかくいい気持ちだったのにと、身をよじってその手から逃れようとした。
もう少し寝ていたい。ここは嫌なことも苦しいこともなくて、ただただ幸せだから。ずっとここにいたかった。
「五十嵐君起きて。お墓参り、行くんでしょう?」
そうだ。母のお墓参りに行くんだ。
何やっているんだ俺は。寝ている場合じゃないだろう。
その言葉に一気に覚醒して、俺は飛び跳ねるように起きた。
「うわあっ」
その瞬間、膝から何かが落ちた。
反射的に動いたみたいなものだったから、膝の上に乗っていたものを気遣う余裕が無かった。無防備に落ちてどこかにぶつけたのか、痛がる声が聞こえてくる。
「あっ、ごめん」
車での移動中、どうやら俺も月ヶ瀬もいつの間にか寝てしまってようで、そして自然と膝枕をする形になっていたらしい。さすがに落とす気は無かったから、慌てて謝る。
「いてて、もう朝?」
「愛、何寝ぼけているの。五十嵐君とは、ここでお別れだから挨拶しなさい」
「えっ!?」
怪我をした様子もなく、まだ寝ぼけているようでむにゃむにゃと言っていたが、お別れという言葉に反応して叫ぶ。そんなに驚くことか。
俺側の席の扉が開いていて、その先にはセンスのいい静かで自然にあふれている墓地が見えた。ここに母のお墓がある。肩越しに見える風景に、俺はなんとも言えない気持ちを感じた。
「すみません。気づいたら寝ちゃってて」
「気にしないで、うちの子も寝てたから静かで楽だったよ。それよりも足痺れてない?」
「平気です。近くまでで良かったのに、ここまで来てくれたんですね」
「通り道だし、一人じゃ危ないでしょ。ほら、愛。早くお別れを……」
言葉が途中で止まった。目を見開き俺を、いや俺の後ろを凝視している。その視線を追って、振り返った俺も驚く。
「……えっ、どうした? なんで泣いているんだ。えっと……もしかして打ったところが痛かったのか?」
月ヶ瀬はボロボロに泣いていた。
ひっくひっくとおえつを零しながら、手の甲で涙をぬぐっている。あまりにも痛々しい泣き方だった。
もしかして、膝枕から落とした時に打ちどころが悪かったんだろうか。
驚きながら傷の確認をしようと手を伸ばしたら、その手を力強く握られた。
「っひ。いかないでっ。おわかれっ、やだあ!」
「……あー、ごめんね。五十嵐君。そっちかあ……」
「……そっちみたいですね」
そんなに懐かれた覚えは無いのに、ここまで引きとめられるとは思わなかった。素直に喜べない。
まるで駄々っ子のようにイヤイヤと首を振って、そして絶対に離さないとばかりに、しっかりと手を掴まれている。
「えーっと、俺行かなきゃいけなくて。すみません」
「分かっているよ。悪いのは君じゃないから謝らないで。ほら、愛。五十嵐君困っているから、離しなさい」
「やだあっ!!」
「愛」
これは、言うことを聞かなそうだ。結構強めに怒っているのに、まだ首を振って泣いている。
俺達は顔を見合わせると、そっと息を吐いた。
「……もし時間が大丈夫なら、一緒に行きますか? お墓参りですけど」
「ごめんね。五十嵐君がいいのなら、こっちからお願いさせてほしい。愛。もう少しだけ五十嵐君と一緒にいられるから、その手を離しなさい。痛いでしょ」
その案を出して、ようやく月ヶ瀬が手を離した。涙は止まって、でも目は赤いし鼻をすすっている状態だ。でも納得はしてくれたらしい。
「……手、つないでいい?」
そして恐る恐る手を差し出してきた。
こちらに伸びる手を見つめ、少しだけ考えてしまった。でも断る明確な理由が無くて、結局俺から繋いだ。
「いいよ」
その瞬間、パッと輝いた顔に自分の負けを悟った。
確かに顔だけを見れば、俺の方が整っているかもしれない。でも月ヶ瀬には、それを上回るだけの魅了を持っていた。
攻略対象がこぞって夢中になるのも納得が出来た。俺が勝てる相手じゃない。
それに出会ってから少ししか経ってないけど、月ヶ瀬の性格がとても善良であるのを感じていた。
魅力的で性格も良い。そんな完璧だからこそ、ゲームの中での俺は劣等感に苛まれたのかもしれない。その気持ちを痛いほど分かってしまった。
でもこれからは月ヶ瀬の邪魔はしないように、俺はひっそりと生きていこう
こうして関わってしまったから、ひっそりとというのは難しいかもしれないが、敵にだけはなりたくない。
二人で手を繋ぎ、そして車からおりる。
三人で並びながら、まるで親子のように母のお墓を探して歩いていたが、こんな穏やかな時間が続くはずもなかった。
「あい!!」
怒鳴り声。
そして複数の人が走ってくる音。
やっぱり、俺がここに来ることはバレていたのか。そっと目を閉じた俺は、月ヶ瀬の手を外した。
「相君?」
不思議そうにこちらを見る顔に、俺はたぶん諦めたような表情を浮かべていたと思う。
でも自分で確認する暇もなく、いきなり頬を強く叩かれて吹っ飛んだから、どんな顔をしていたのかなんて分からなくなった。
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