第74話 面倒な護衛
確かにこれは、癖が強いキャラかもしれない。
俺は今までとは違った性格の人を前にして、とりあえずこめかみに指を当てた。そうすれば頭が痛くなる前に、なんとかなる気がした。
「えっと……
「俺の護衛をしてくれるんだよな。大丈夫か?」
「嫌だったら、断ってくれてもいいんだからな」
駄目だ。会話をしてくれない。
先ほどから何度も話しかけているのだが、全く返事をしてくれない。
無口というよりも、俺との会話を拒否しているみたいだ。
名前は高坂に聞いた。
権守。とても仰々しい名前だけど、本人の見た目もなかなかのものだ。
たぶん二メートルはある背に、ガタイもいい。細マッチョではなく、ゴリマッチョ。
逆立てた白い髪に三白眼。鋭い目つきは威圧感を与えてくる。
月ケ瀬のところに行くために、屋敷の門で待ち合わせたのだけど、会ってから一度も口を開かない。
表情もピクリとも動かず、俺のことをただじっと見つめてきているだけだ。睨まれているようで居心地が悪かった。
何かをした覚えはないのに、嫌われてしまったのだろうか。
話が出来なかったら仲良くもならない。
このまま月ケ瀬のところに行ってもいいのだけど、ある程度の関係性を築いておかないと背中を預けられなくなる。
まったく、何をそんなに嫌がっているんだ。
こういう意味で面倒なのかと、高坂に文句を言いたくなった。
「俺のことは知っているよな。今日は護衛をしてもらうことも。どこに行くのかも、きちんと知っているよな」
話してくれなくてもいいから、せめて意思表示をしてほしい。
そうすれば分かったのかどうか伝わるのだけど。
時計を確認してみる。
月ケ瀬との待ち合わせまで、まだ時間に余裕はあった。
仲良く出来るように、もう少し努力してみるか。
とりあえずは待ち合わせ場所まで向かおうと、車に乗るために扉を開けようとしたら、先に開けてくれた。
こういう気遣いは出来るのかと、使用人にとっては当たり前のレベルだが感動してしまった。
どちらかといえば見た目は気にしないタイプだけど、俺以外の人にもこういう態度なら考えものだ。
護衛だから厳つさも必要だとしても、ずっと威圧感を与えられていたら対象に怯えられてしまう。それはそれで仕事に支障が出そうだ。
高坂の時のように後部座席に座ると、静かに扉が閉められる。
今日は護衛兼運転手なので、権守は前に座った。
発車も運転も、予想以上に丁寧なものだった。やっぱり根は悪い人ではないようだ。
でも気になるのは、先ほどからチラチラと視線を感じることである。
バックミラー越しに、何度もこちらを見られている。
後続車を確認しているにしては、あまりに視線の動きがおかしい。俺と視線が合うたびに目をそらすのだから、こちらを意識していることはバレバレだ。
どういう理由で見ているのだろう。
もしかして監視か。誰かから頼まれているのか。
父かもしれない。月ヶ瀬のところに行くのはバレているから、俺が何かをしないか月ヶ瀬親子が元気でやっているか確認しようとしている可能性が高い。
それならそれで、やり方もあるのだが。
高坂に頼まれたからなあ。壊すのも良くない。
「なあ、権守。ちょっと寄ってもらいたいところがある。行ってくれ」
行き先を告げれば、何も言わずに方向を変える。
言うことはきくんだな。そんな失礼なことを考えつつ、さらに強くなった視線を完全に無視した。
目的地に着くと、車が何も言わずに停った。
そのまま無言が続き、こちらを凝視してきてくる。
どうしてここに来たのか、俺が何を考えているのかが、気になって仕方がないのだろう。
「少し出る。着いてこなくていい」
俺は素っ気なく言うと、相手の反応を確認せずに車から降りた。
外に出ると、注目が集まっているのが分かった。
突然高級車が現れたのだから、まあ当たり前の反応だろう。
ここには、とても似合わないものだ。
まあ、それもわざとである。
ここは治安が悪いと有名で、噂では街に存在しているチームが頂点になるために、抗争をたびたび起こしているという廃工場だ。
「おいおい。金持ちのお坊ちゃまが、こんなところになんの用だよ」
「そうだよ。怪我しないうちに帰った方がいいんじゃないか?」
さっそく狙い通りに絡まれ始めたので、俺はそのチンピラ三人を観察する。
いかにもといったような見た目、逆に誰かが仕込んだものでは無いかと疑いそうになる。
でも狙い通りだから、そのまま付き合ってもらおう。
「君達は見たところ、俺と同じぐらいに見えるがこんなところで何をしているんだ?」
「はあ?」
「なんだお前」
俺の格好から、怯えて逃げるとでも思ったのか、話しかけると困惑している。
でもすぐに舐められるものかと、睨みつけてきた。
「生意気だな。怪我しないうちに、さっさとお家に帰った方がいいじゃないの?」
「そうだそうだ。そのお綺麗な顔が傷つけられる前にな」
本当に絵に描いたようなチンピラ具合だ。
それが見ていてどんどん面白くなってきて、ついには耐えきれずに笑ってしまった。
「ああ、悪い。冗談は顔だけにしてもらいたいと思ったら、つい笑ってしまった。許してくれ」
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