第73話 つかの間の帰省






「相君成分が足りない!」



 そう月ヶ瀬が言ったのは、入学してから三ヶ月が経った時だった。

 これでもまだ我慢した方である。

 俺としては二ヶ月辺りで言われると思っていた。


 たぶん俺がまだ慣れていないと考えて、頑張って我慢してくれたのだろう。



 そういうわけでちょうど三連休があり、外泊する許可ももらったので、会いに行くことにした。

 兄達や山梔子が一緒に来ようとしたけど、みんなそれぞれに予定があって、俺一人と高坂で帰ることになった。



「高坂とこうして外に出るのも久しぶりだな」


「はい」



 学園には高坂もついてきているが、寮に帰ってからしか話せる機会が無い。

 帰ったあとも疲れていて、ゆっくりと話も出来ていなかった。

 今日の帰省は、高坂と話をするいい機会だった。


 高坂が運転する車に乗って、俺は景色を眺める。

 話をするには助手席の方がいいが、安全面を考えて後部座席に乗っている。

 生死に関わる事故が起こらないにしても、危険な目には遭うかもしれない。

 その時に高坂の責任になって欲しくないから、大人しく従った。



 家への帰り道は見覚えがあるので、だいたいどの辺に来たのか分かる。



「お父様は元気か?」


「はい。相お坊ちゃまも連絡を取られているからご存知だと思いますが、特に変わったことはございません」


「そうか」



 父は話していた通り、現在は海外を飛び回っている。

 たまにテレビ電話をしているが、とても充実した生活を送っているようだ。



「屋敷にいる人達はどうだ?」


「仕事を求めてさまよっているようです。旦那様についていった者もおりますが、ほとんどが屋敷に残りましたので」



 一気に人がいなくなったら、仕事の量も減るか。

 向こうから希望されなければ解雇もしないので、仕事を奪い合っているらしい。

 普通は楽な方を選ぶが、仕事熱心な人が多い。



「別館の手入れは?」


「別館専属の者が行っております。相お坊ちゃまが触れないようにとおっしゃったところは、指一本触れないように言い聞かせておりますので、ご安心を」


「助かる」



 攻略者やこの世界についての情報をまとめた中で、人に見られたら危ないものはほとんど手元にあるけど、量が多すぎて持ち出しきれなかった。


 そのため比較的危険のせいの少ないものは、別館の隠し部屋に置いてある。ふとした時に入られないように、高坂や使用人には言ってある。

 スパイでも現れない限りは、絶対に見つかることはない。見つける人もいないと、みんなを信用している。



「明日は月ヶ瀬に会う予定だけど、高坂はどうする?」


「どうするとは」


「別に俺一人でも平気だから、家で休んでいても構わない」



 待ち合わせ場所は、屋敷から近いところにある。

 そのため基本的に五十嵐家に関係している人しか来ないので、危なくはないだろう。

 いつも俺と一緒にいて休み暇もないはずだし、出来れば休んでもらいたくて提案したのだが。



「っ、どうした?」



 車が急にふらついた。

 何かトラブルでも起きたのかと、座席から前のめりになれば、高坂の体が震えていた。



「具合でも悪いのか」


「私は、私は……もう不要ですか」


「はあ?」



 急に何を言い出した。

 思わず変な声が出てしまって、どうしたのかとバックミラー越しに表情を確認する。

 顔が青ざめ、震えたままだ。


 そのせいで車が横にフラフラになり、ものすごく危ない。



「どうしてそう思ったんだ」


「……私に暇を与えると」


「そうじゃない。最近、ずっと働きっぱなしだったから、休憩してもらおうと思っただけだ。誰も暇を与えるとは言っていない」



 俺の言い方が悪くて誤解させたのか。

 でも別に、誰も辞めさせるなんて言っていない。どれだけネガティブなのだ。

 いつも頼りっきりになっているのだから、自信を持って欲しい。



「……そ、うですか。取り乱しまして申し訳ございません。お怪我はありませんか?」


「大丈夫。それで、明日は家で休憩するか?」



 休憩という言葉を強調して、明日の予定を尋ねる。

 高坂は決まり悪そうに咳払いをした。



「せっかく相お坊ちゃまがおっしゃってくれたので、明日は屋敷におります。ただ一人で行かれるのは心配です。どうか護衛を連れていってください」


「護衛を連れていくのは構わないけど、候補はいるのか?」


「あまり頼みたくはありませんが、優秀なのが一人おります」


「頼みたくないけど優秀って、大丈夫なのか?」


「性格がかなりひねくれておりまして……しかし相お坊ちゃまであれば、なんとか手綱を握れるかもしれませんね」


「それは過大評価だな。俺だって合わない人はいる」


「いえ。ますます相お坊ちゃまの護衛をさせたくなりました」


「なんだそれ」


「とにかく、一度会ってみてよろしくお願いいたします。何かございましたら、遠慮なく殴っていただいて構いませんので」


「いや、そんな許可を出したら駄目だって」


「死ななければ大丈夫です」


「それは絶対に駄目だ」



 結局、高坂に押し切られる形で、俺の護衛がその問題児に決定してしまった。

 でも少し会うのが楽しみになっている俺もいた。さすがに殴りはしないけど。





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