第75話 面倒すぎる護衛





 相手を挑発するのが目的だったから、とてつもなく上手くいった。



「ふっざけんじゃねえぞ!!」


「後悔しても知らねえからな!」



 すぐにキレたチンピラ共が、拳を振り上げてこちらに殴りかかってきた。


 高坂とばかり訓練していて、実践は行ったことがなかったから少し不安だったけど、ものすごく動きが遅い。まるでスローモーションのようだ。


 最小限の動きで一発目をよけると、続くもう一人の攻撃もかわした。



「なっ!?よけただと!」


「た、たまたまだろ!」



 よけられるとは思っていなかったらしく、驚いて攻撃を止めている。

 そんなんで、よくチンピラなんてやってこられたな。逆に心配になる。



「どうした。それで終わりか」



 もう少し頑張って欲しいという気持ちだったのだが、完全に煽り文句だった。



「くそ!!」


「調子に乗るんじゃねえ!!」



 また挑発に乗って攻撃をしかけてくる。でも残念なことに、やっぱり遅い。

 目をつむっていてもよけられそうだ。

 次々と来る攻撃をよけながら、どのぐらいのタイミングがちょうどいいのか窺う。



「この野郎!!」



 これにするか。

 最初よりも明らかにスピードも威力も無くなっている拳を、よけることはせずにただ見つめた。

 このままだったら、よほどのことがない限りは当たる。まあ、少し腫れるぐらいだろう。


 威力をさらに半減するために、少し受け流すか。

 そんなことを考えながら待っていたのだが、俺の頬にたどり着く前に手が伸びてきて止められた。



「んだ、てめえ!?」



 俺としては予想通りだが、チンピラ達は驚いている。そして掴まれている腕を振り払おうと暴れた。でも全く外れない。


 掴んでいる手の主を見る。

 未だに無表情だが、チンピラに向けている視線は殺気を含んでいる。俺でさえも圧がかかっているのだから、向けられているチンピラにとっては恐怖でしかないだろう。

 現に文句を言おうと顔を上げた途端、そのまま固まってしまった。



「今、何を、しようとした」



 お。初めて話した。

 その外見に合う、腹の底から響くような低い声。ゆっくりと区切って話しているからこそ、怒りが伝わってくる。



「そ、そいつから絡んできたんだよっ」


「お、おおお俺達は何も悪くねえっ」



 可哀想なぐらいに震えて、必死に自分を守ろうとしているが、全く届いていないことには気づいていないみたいだ。



「そんなことは、どうでもいい。何をしようとしていたか、言ってみろ」


「あー。えっと、権守。そこまでにしておけ。その人達の言っている通り、俺が最初に挑発したんだ」



 あまりに可哀想になったので、助け舟を出す。元々俺が始めたことだけど、巻き込んでしまって申し訳なくなってきた。



「別に怪我もしていないし、そろそろ離してくれ。待ち合わせ場所に行こう」



 命令とお願いを混ぜながら言えば、こちらにちらりと視線を向けた。そして眉間のしわを濃くした。

 すぐに視線をそらし、手に力を込めたようだ。悲痛な叫びが上がった。



「い、いでででで!!  俺が悪かったから、もう勘弁してくれ」



 もう一人はとっくに見捨てて逃げていて、ここには俺達三人しか残っていなかった。つまり目撃者がいない。

 そして五十嵐家の力を持ってすれば、人一人の存在を消すことなんて簡単だ。


 権守は護衛だから、俺を守るためなら手段を選ばない。

 チンピラは理解していないかもしれないが、命の危機である。


 でも、そこまで怒ることなのだろうかとも思う。

 別に怪我をしたわけではないし、相手の攻撃は全て避けた。



「権守」


「いえ、駄目です」


「駄目って、俺が良いって言っているんだから良いだろう」



 きかん坊か。

 俺はため息を吐いて、権守の手を取った。



「これは命令だ。離せ」



 頼む成分を消して、完全に命令をした。でもすぐには離そうとしない。

 本当に言うことをきかない男だ。



「権守」


「……許せない。こいつは顔を狙った」


「は?」


「綺麗な顔は宝物なんだ。国で保護されるべきなんだ。守るべきものなんだよ」


「だ、大丈夫か?」



 主に頭が。

 口に出しそうになったが、なんとか押しとどめた。


 権守の言ったことをまとめると、俺の顔を国宝級のものだと思っていて、それが傷つけられるのが我慢ならなかった。

 なんだそれ。俺はどういう反応をするのが正解なんだ。



「とりあえず落ち着け。な?」


「これが落ち着いていられるか、それにあなたもあなただ。何が目的かは知らないが、どうして自分の顔を傷つけるかもしれない危険な真似をしたんだ」



 どうするのか気になったから。そう言ったら、とてつもなく怒られそうだ。



「えーっと。前に、この辺りで知り合いが怪我をしたと聞いて……」


「それで敵討ちをしようと?」


「そういうわけでもないけど」


「……ありえない」



 知り合いが怪我をしたという話は、完全に嘘である。

 でも何か言い訳をしないと怒りを鎮めてくれそうになくて、とりあえず作ってみた。納得はしてくれなかったが。

 むしろさらに怒りを増長させた気がする。


 ごまかすように笑えば、顔を凝視してきて怒りが小さくなった。

 なるほど。この顔は使えそうだ。


 落ち着いて話をしたいから、もう少しサービスしようとした時、存在を完全に忘れていたチンピラが叫んだ。



「てめえら、俺を忘れてんじゃねえ!」



 馬鹿め。

 せっかく存在を忘れられていたのだから、大人しくしていれば良かったものを。


 邪魔をされてキレた権守は、素早い動きでチンピラの首を絞めて落とした。

 ご愁傷さま。

 俺は心の中で手を合わせておいた。






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