第76話 主人公と護衛と





「それで、その護衛の人はベッタリと相君のそばにいるの?」


「俺は大丈夫だって言ったんだけどな。心配だって聞かなくて」


「僕だって心配だよ! どうしてそんな危ないことをしたの?」


「えーっと、実験?」


「なんの実験!?」



 後ろにいる護衛が、俺を守りに来るかどうか試していました。

 そう言ったら二人から説教されそうだ。



 あの後、気絶させたチンピラは警察に引き渡しておいた。権守は五十嵐家で処理をしたがっていたけど、それは存在を消そうとしているようにしか思えなくて、俺の意見をなんとか押し通した。



 そうして引き渡すための手続きをした結果、待ち合わせ場所に着いた頃には時間はギリギリになってしまい、すでに月ヶ瀬がいた。

 俺がこんなにギリギリに来ることが珍しいからと、絶対に何かあったのだと確信する月ヶ瀬に、嘘をつくことなく起こったことをカフェでお茶をしながら話した。


 そうしたら、月ヶ瀬と権守が二人とも怒っているのだ。俺が軽率な行動をとりすぎだと。



「でもまあ、こうして無事だったわけだし」



 あいまいにごまかして笑うと、ため息が二つ聞こえてきた。



「本当に大丈夫なのか心配だよ。学園で変な人に絡まれていない?」


「みんないい人ばかりだ。ちゃんと優しくしてもらっている」


「なんか、本当に心配」


「同感」


「大丈夫だって言っているのに、どうして信じてくれないんだ」



 月ヶ瀬も権守も、俺の顔を見るとさらに大きなため息を吐いた。

 シンクロしているところ悪いが、本当に大丈夫である。



「高坂がいつもそばにいてくれるし、お兄様達や、古城お兄様、それに山梔子……あ、あと最近友人が出来たんだ」



 西寺を友人として自信を持って言えるのは、ものすごく嬉しい。

 自然と顔が緩みながら大丈夫だという根拠を並べていけば、表情が何故か歪んでいく。



「へえ……友人が出来たんだ。僕の知っている人?」



 表情は笑顔なのに目の奥が笑っていないし、声色も心なしかいつもより低い。

 これは、きっと嫉妬しているのだ。



「大丈夫だ。月ヶ瀬も大事な友人だ」


「……へえ」



 さらに雰囲気が恐ろしくなった。何故だ。



「お坊ちゃまって意外と……」



 権守は権守で、わけ知り顔をしている。俺だけがついていけていない。



「えっと、それに親衛隊も出来て、そいつらも」


「親衛隊?」



 もう駄目だ。

 話せば話すほど怒らせていて、もう止められない。黙っていた方が平和な気がするけど、月ヶ瀬が視線で促してくる。



「新入生代表をしたから、俺みたいなのでも好きだって言ってくれる人がいるみたいで。この前、仮公認したんだ」


「山梔子さんは、それを止めなかったの?」


「あ、ああ。止めないし、集会に着いてきてもらったぞ?」


「ふーん」



 目の奥は冷たい笑顔のまま、月ヶ瀬は紅茶を飲んだ。

 そういえば初めに会った頃は、ココアや甘いジュースを飲んでいたのに、いつの間にか紅茶を飲むようになっていた。

 こういうところでも、人の成長は感じられるのだろう。



「どうして僕は、相君と同い年じゃなかったんだろう。それか飛び級するべきだった」


「いや、でもな。月ヶ瀬には月ヶ瀬の付き合いがあるんだから、それを大事にしないと」


「相君よりも大事なものなんてないよ」


「つ、きがせ?」



 笑顔を消して、カップを持つ俺の手に手が重ねられる。

 包み込まれる感覚に、こんなに大きかったのかと驚いた。そういえば、身長も伸びている気がする。

 先ほど会った時にあった違和感は、目線の位置だったか。


 そんな今考えなくてもいいことを考えていると、手の甲を指先でするりと撫でられる。



「ねえ、相君。僕はね、相君が一人ぼっちになれとまでは思っていないよ。今のところはね」



 今のところはという言葉が強調されたのは、きっと俺の耳がおかしくなっただけだ。



「でも、僕よりも後に知り合ったような人が、僕よりも相君の近くにいるんだと考えると……」



 そこで言葉を止めると、手を絡めとられて恋人繋ぎをされた。



「ぜーんぶを、めちゃめちゃにしたくなっちゃうかも」



 口調は軽かったけど、本気を感じた。

 権守も同じようで、後ろに控えていたはずなのに、隣に移動していた。



「友人だとしても、これ以上は見逃せない」


「あーあ。相君と二人っきりだったら良かったのに」



 繋いでいた手を外すと、月ヶ瀬は雰囲気を変えた。いつも通りに戻ってくれた。

 心臓がうるさいが、またあの雰囲気にさせたくはない。繋がれるのを防ぐために、テーブルの上から手を下ろした。



「お坊ちゃまを困らせるな。負の感情で、この綺麗な顔が崩れたら、どう責任をとるつもりだ」


「相君の完璧な容姿が、そんなつまらないことで崩れることは無いよ」


「確かにそうかもしれないが、用心するに越したことはない」



 俺の顔が絡むと、随分と饒舌になるなあ。本当に綺麗な顔が好きなんだな。

 それはそれで、何かの時に利用できそうだ。

 二人のやり取りを眺めていると、月ヶ瀬が挑発をするように権守を鼻で笑った。



「さっきの話、あなたのことも含まれているから。相君の顔だけしか見ていないなら、他に対象を見つけてさっさと離れてくれないかな」


「なんだと」



 ぼんやりとしていたのが悪かった。

 気がつけば権守が拳を振り上げようとしていて、こうなる前に阻止出来なかった自分を自分で叱りながら、殴る前に必死で止めた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る