第24話 まさかの事態






 今日は俺の命日だ。

 優雅な仕草で紅茶を飲んでいる古城を前にして、震えないように必死で抑えていた。



「今日は約束していなかったはずですが、どうされたんですか」



 平静を装いながら、俺は彼に笑いかけた。



「さっきの砕けた話し方の方が僕は好きだな」


「ぐ……あれは忘れてください」


「どうしてだい? いつも我慢していたってことだろう。もしかして気を許してもらっていたと思っていたのは、俺の勝手な考えだったのかな」



 なんて人だ。性格が悪い。

 今は悲しげな表情を浮かべているけど、内心では腹を抱えて笑っているはずだ。



「ち、違います。ただ……あんな乱暴な言葉遣いで話したら、幻滅しませんか?」



 そっちが演技をするなら、こっちだって演技で返してやる。

 口元に手を当てて恥ずかしがっているふりをした。いつも通りの言葉遣いで話したら、すぐにでもぼろを出してしまいそうだ。それは絶対にあってはならない。


 いい人のふりをしているのなら、無理強いはしてこないだろう。



「……そうだよね」



 よし。いけそうか。

 勝利を確信した俺は、気を抜いてしまった。



「僕と仲良くなりたいって、そう言っていたように聞こえたんだけどな。偽った姿のままじゃ、仲良くなるのも難しそうだね……」



 やられた。

 この言い方は、俺が素を見せない限りは、向こうも絶対に気を許しないというのを伝えてきている。


 ここで決めなければ、一生好感度を上げられない。考える暇も与えられず、俺は頭を雑にかいた。



「分かった。すぐに上手く出来なくても文句は言うなよ。これでいい?」



 これは完全に俺の負けだ。

 情報を出しすぎないように、なんとか注意しながら素を出すしかない。



「うん。そうだ、名前もさっきみたいに古城って呼んでくれてもいいよ」


「は、はは。さすがにそれは勘弁してください」


「それじゃあ、おいおいね。これでもっと仲良く出来そうだね」


「そうですか」



 それが本心なら嬉しいのだけど、どうせ裏の意味が隠されているのだろう。



「そういえば、最近家族とはどうかな? 仲良く出来た?」


「えーっと、まあまあ、はい。ぼちぼちといった感じで」


「そっか、それは良かった」



 この人と話をしていると、一つ一つの言葉の裏の意味を読み取ろうとして疲れる。

 でも、こうして話す機会を作ったのだから、仲良く出来るならしたい。



「でもいまだに、ちゃんと話せたことがなくて。お互い遠慮しているっていうか、距離を図っているというか……」



 家族としての関係を改善するために、夕食を一緒にとっているのだが、最初の頃と進展している様子が全く無い。

 話している時間よりも沈黙の時間の方が長くて、お互いに会話を探している。



「家族って、どういう話をするものなんですかね。俺、よく分からなくて」



 普通の家族じゃないから余計かもしれない。

 誰かワンクッションでも入ったら、また違うのだろうか。



「それなら、今日は僕も一緒に食べようか?」


「はっ?」



 誰かとは言ったけど、その中に古城は含まれていなかった。

 あの気まずい空間に古城が加わったら、さらに状況は悪化する。それが目に見えているのに、一緒に食べるわけが無い。



「い、いや。さすがにそれは。えっと急だし」


「一応、使用人の方に聞いてくれるかな」



 聞きたくない。聞いたら、絶対に古城の分も用意する。

 夕食の時間がもう少し早かったら、あと五分後だったら。いや、それでも用意する可能性はある。



「……わ、かった」


「いやなら、別にいいんだよ?」


「いえ、喜んで」



 これはもう食べるのが確定した。

 俺は夕食の話をしなければ良かったと、げんなりしながら古城の件を高坂に伝える。


 本館に報告しに行った高坂は、まもなく了承を得られたと帰ってきた。

 駄目だと言われれば良かったのに。



「良かった。これで一緒に食べられるね。ずっと前から食べたいと思っていたんだよ」


「……それは何より」


「これで、もっと相君と仲良くなれるね」


「うわーい。うれしい」



 完全に棒読みなのに、古城は楽しそうに笑った。人が悪い。性格も悪い。



「でも、古城お、兄様って、はじめお兄様と仲がいいのは知っているけど、お父様と暁二お兄様とはどうなの?」



 お兄様という言葉を噛んでしまった。素を出している状態で、お兄様と言いづらい。というか恥ずかしさが勝ってくる。

 でも呼び捨ては、さすがにまずいだろう。



「話をしたことはあるけど、仲がいいって言えるほどではないかな。でもよくしてもらっているよ」


「俺とは?」


「もちろん仲良しだよ」



 嘘だ。それは裏の意味じゃなく、完全に伝わってきた。

 まだまだ気を許したり、好感度を上げる段階じゃなさそうだ。



「それは嬉しい。これからもっともっと仲良くなりたいな。ずーっと」


「僕もそのつもりだよ。長い付き合いになりそうだって、前に言っただろう。その言葉はお世辞でも、なんでもなく本心だよ」



 確かに長い付き合いになるのかもしれない。

 ゲームでも関わっていた期間は長かったし、一緒にいる時間はたぶん誰よりも長かった。


 その関係の中身を変えていきたい。夕食会をして出来るのならば、何度でもやってやるのだが。


 俺は古城の顔を見た。

 隙のない笑みを返されて、まだまだ道のりは長いと息を吐いた。






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