第25話 そういう展開を望んでいたわけじゃない





「古城君だったかな。うちの息子と仲良くしてくれて礼を言う」


「いえ、お礼なんて。むしろ僕の方が、仲良くしてもらっているお礼を言いたいです」



 ここは地獄か。

 味のしない食事を詰め込みながら、俺は古城をどうにかして家に帰すべきだったと後悔していた。


 俺が望んでいたのは、会話のない空間にワンクッションを入れてくれる人だった。

 決して腹黒サイコパス予備軍なんかじゃない。


 でも古城が父や兄達に会話を振るから、いつものような静けさは無かった。その点に関しては、何が目的かは知らないけど助かったと思う。



「最近は、相君とも仲良くさせてもらっています」



 その瞬間、場がピリついた。

 父も兄達も、浮かべていたはずの笑みが固まり、表情が無になった。



「そうか。仲良くというのは、どういう意味でかな」


「言葉の通りですよ。相談に乗ったり、一緒に話をしたり、先程までも部屋に呼ばれていました」


「部屋に。それは初耳だな」



 こちらをじとりとした視線が向けられる。



「えっと、別に言う必要は無いと思いまして?」



 なんで、俺が言い訳をしないといけないんだ。

 さらに視線が強くなって、背中を冷や汗が流れた。



「これからも、ぜひ仲良くしてやってくれ」



 言葉と表情が合っていない。

 もしかして古城に対して、何かするとでも思っているのだろうか。

 まさか恋愛を絡めているわけでもあるまいし。



「ええ。ぜひ、仲良くさせてもらいます。相君もそれを望んでいるみたいですから」



 部屋の温度が下がった。


 怒りがこちらにも伝わってきて、思わず助けを求めるように高坂を見た。俺が必死に頼んで、執事を辞めさせるのはなんとか回避した。

 納得のいかない表情をされたけど、最後は泣き落としに近い形で許してもらった。

 なんか微妙に嬉しそうな表情をしていて、気味の悪さを父に感じたのは秘密だ。



「相お坊ちゃま。ご気分が優れないようでしたら、お部屋に戻られた方が」



 俺が困っているのを、すぐに察してくれたらしい。助け舟を出してくれた。



「……そうですね。確かにちょっと気分が優れないみたいです。部屋に戻ろうかな」



 その助け舟に乗って、俺はこの場から離れようとした。



「ああ。そうだ。相君。言いたいことがあるんだけど、少しだけなら大丈夫かな」


「言いたいことですか。少しだけなら」



 嫌な予感はするけど、でも聞いておかない方が怖い。なかば怖いもの見たさで聞けば、古城は古城は微笑む。



「僕は君と友達以上の関係になりたいと伝えておきたくて」


「あ?」



 氷点下まで温度が下がった気がする。

 父が地の底まで響くぐらいの声を出しながら、古城のことを睨みつけた。先に反応されたら、俺がどうしようも出来なくなる。


 というか、今古城はなんと言ったんだ。

 友達以上の関係になりたい?

 それはどういう関係なんだ。


 まさか恋人だなんて言わないだろう。その瞳に温度が感じられない。

 この場を引っ掻き回そうとする気満々だ。


 それに過剰に反応している父は、完全に手のひらの上で踊らされている。



「相君はいや?」



 古城は首を傾げて問いかけてくる。俺に何を求めているのだろう。



「嫌じゃないですよ。俺も古城お兄様と仲良くなりたいです」


「おい! 自分の言っていることが分かっているのか!」



 本当の言葉じゃなかったのに、次男は敏感になって叫んだ。

 高坂の時からそうだったけど、こういう時に一番うるさい。思春期か。



「分かっていますよ。友達じゃなくて親友になりたいということでしょう。ねえ、古城お兄様?」


「ああ。そういう意味だったけど……あれ、僕なにか勘違いだせるような言い方をしたかな」


「いえ。まさか、俺と古城お兄様の関係を疑うような人はいないでしょう」



 疑っていた父と兄達は、気まずそうにしている。俺も最初は驚いていたから、人のことは言えないけど、そんなことは何も言わなければバレない。

 俺と古城は笑い合い、そして自分の魅力を最大限に出した表情を作った。



「でも、古城お兄様みたいな人と結婚出来たら、幸せなんでしょうね。そんな人が羨ましいです」



 これでどうにかなるとは思わないが、嫌がらせに近い行動だった。

 時が止まったように、その場が静まり返る。

 古城も凝視してきて、俺の顔に穴があきそうだ。



「えーっと。俺、部屋に帰ってもいいですか」



 いたたまれなくなり、部屋に帰ってもいいか尋ねると、答えの代わりに手首を掴まれる。

 掴んできたのは古城だった。

 自分でも行動の自覚が無いのか、ぼんやりとした顔をしている。



「古城お兄様?」


「あ、っと。ごめんね」



 名前を呼びかければ、ハッとした表情になるが離してはくれなかった。



「どうされました? まだなにか話がありますか?」



 用がないなら、さっさと帰してくれ。

 そういう意味を込め、軽く手首を振る。でも離れない。


 しつこいな。

 そろそろイラッとしてきて、俺は先程よりもトゲを含んだ笑みを今度は作る。



「古城お兄様」


「前言撤回。相君がそう言うのなら、僕は恋人候補として君のことを見てみようかな」



 何言ってんだ。

 俺は思わず口に出してしまいそうになった言葉を飲みこんで、とりあえずどういうつもりなのかと聞くために場に残ることにした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る