第127話 家族の話





 話をする時間を午後二時に設定したのは、ゆっくり休むためだった。

 俺は高坂や権守の補佐があったから、ギリギリまで休んでいられたが、向こうはそうもいかなかったらしい。


 目の下にはくまが出来ていて、顔色も悪い。

 別館じゃなくて、いつも食事を取っているところの方が良かっただろうか。

 でも今から場所を移すのは、逆に手間か。


 まだ父は来ていない。

 急きょ帰国したので、やらなければいけない手続きがたくさんあるらしい。

 そんなに忙しいのなら、別の日にするべきだったか。


 でも、高坂は別に大丈夫だと言っていた。

 まあ、こちらの話も重要だということで見逃してもらおう。



「お父様は、いつ頃来られるとおっしゃっていましたか?」


「あと十分ほど」


「そうですか。お兄様達は、昼食をもう済ませたのですか?」


「……いや」


「まだだ」



 遅い時間に起きたから、朝食でも作ってもらおう。

 お腹が空いていたら、思考も上手くまとまらないはずだ。



「それでは、軽くサンドイッチでも、高坂、お父様が来るまでに四人分用意してもらえるか?」


「かしこまりました」


「いや、食欲が」


「俺もあまり」


「駄目ですよ。今にも倒れそうなんですから。しっかり食べてください」



 本当であれば仮眠をとってもらいたいところだが、それは難しいだろう。

 食欲がないとしても、とにかく詰め込んでほしい。


 にっこりと笑顔で圧をかければ、しぶしぶ従ってくれた。






 サンドイッチと父は、一緒のタイミングで来た。

 兄達と同じように顔色が悪く、どこかやつれている。


 でも俺の姿を視界に入れた途端、目に光が入った。



「……無事だったのか」


「すみません。お騒がせ致しました」



 どこか安心しているようで、小さく息を吐いていた。



「それで、話というのはなんだ?」



 まだ、俺の事情について話は聞いていないらしい。

 人に言われるよりは、自分で話した方がいいか。



「長い話になりますので、もし満腹でなければ、食べながらにしませんか?」



 なんとなく、楽しい話をするのではないのは伝わったようだ。

 どこか緊張した面持ちで、サンドイッチを手に取った。それに俺や兄達も続く。

 全員でモソモソと食べていても、何も始まらない。大丈夫だと言い聞かせて、ゆっくりと口を開く。



「はじめお兄様と暁二お兄様には話しましたが……信じられないかもしれませんが、事実ですので聞いてください」


「分かった」






 それから昨日と同じように、俺は話をした。

 二回目だから、最初よりも上手く出来たと思う。

 父の反応を見たら挫けそうなので、ずっとテーブルに置かれたサンドイッチを見ていた。


 誰も話を遮ったり止めたりすることなく、言いたかった全ては伝えられた。



「……何か言いたいことがあれば聞きます」



 おそるおそる父を見てみると、腕を組んで目を閉じていた。その表情はかなり険しい。信じてもらえない可能性はある。大人になればなるほど。

 そして父は現実主義者だ。さらに信じてもらいづらい。

 どういう結論を出すのか、緊張しながら待つ。



「母親のことで、恨んでいるのか?」



 父の第一声は、そんな質問だった。

 俺の顔をじっと見ていて、どんな表情も見逃さないといった感じだ。



「最初は恨んでいました。お母様をないがしろにして、俺やお母様ではなく別の人達と、まるで家族のように仲良くしている。そんなの、普通はありえないでしょう」



 お母様の苦しみを考えれば、当たり前の感情だった。

 でも今は違う。



「本当のことを教えてくれませんか?」



 今までたくさんのゲームのストーリーを変えてきたが、俺が関与せずに変化したものもある。

 それは月ヶ瀬親子についてだ。


 本来であれば、月ヶ瀬のお父さんはすでに死んでいるはずだった。そのせいで月ヶ瀬は、五十嵐家の養子になるのだから。

 でも現在も生きていて、養子の話が出てくることはない。


 どうしてそうなったのか調べた時に、すぐに分かった。

 月ヶ瀬のお父さんの死因は、病気だった。しかも難病で、治療には莫大なお金がかかる。治療費の問題だけなら、父が何とかしただろう。でもシナリオでは心配をかけないために、ずっと痛みを我慢していたせいで、発見された時には手遅れだった。


 でも、現実では病気が早期発見されて治療を受けられた。死ぬ可能性が無くなっていた。

 きっと父が心配して、検査を受けさせたのか。知った当初はそう考えたが、今は他にも理由がある気がする。


 もしかしたら、という期待もあり、いい機会だから尋ねた。



「母のこと。月ヶ瀬のこと。俺のこと。俺達の間には、会話が、ちゃんとした会話が足りなかったんです。どんな話でも受け入れます。どうか話してください」



 俺の話も聞いてもらったから、今度は俺が話を聞く番だ。



「……そうだな。話をするべきか」


「父さん!」


「相には話さないはずじゃ!」


「静かにしなさい。この子には知る権利がある。それともなんだ。話さなかったら、この子は家を出てくぞ。それでもいいのか?」



 話すと言った父に、兄達が反対の声をあげようとする。でも睨まれて口を閉ざした。



「それじゃあ、まずは……どこから話すか」




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