第126話 そして帰る
高坂との主従関係が終わると、手を差し伸べられた。
「足元は暗いので、私が帰り道をご案内致します」
「……でも、話はまだ……」
長男と次男が残っている。
その二人と話をするのも大変だと、ずっと考えていたのに。
「後日、話をしたいとのことです」
なんだ、後回しになっただけか。
話をするのは変わりないなら、出来れば早くやりたかった。
でも、後にする理由があるのだろう。
文句を言える立場では無いので、大人しく高坂の手をとった。
「あいちゃーん、おそーい。何してたのー」
戻ると鬼嶋が飛んできた。
だいぶ待たせたから拗ねている。
文句を言いながら、腹に頭を押し付けてきた。内蔵を口から出そうとしているのでは、というぐらいに力が強くてタップをした。
「わ、悪かった。謝るから、とりあえず力を緩めてくれ」
そうしてもらえなければ、口から飛び出る。それは誰にも見せられない。
「せっかく、あいちゃんと旅行が出来ると思ったのにー。どうしてこんなところで、よく分からない人達に囲まれてなきゃいけないのー。最悪ー」
よくこのメンバーで残っていて、争いが起こらなかったな。
鬼嶋だけでなく、全員の機嫌が悪くなっているのを肌で感じる。
「暗くなってきたし、そろそろ帰ろう」
「えー、泊まらないのー?」
「落ち着いたら、ぜひ。でも今日は、学園に帰って後始末もしなきゃ。ハルちゃんも手伝ってくれるだろう?」
「……分かったー。でも絶対に、今度は二人きりで、泊まろうねー」
「分かった、約束な」
今回は鬼嶋のおかげが大きい。感謝の気持ちを込めて約束をすれば、みんなの距離が近くなった。
「えーっと、どうした?」
「いや。彼ばかりにいい思いをさせるのは、良くないと思ってね。僕とも何か約束してくれないかな?」
「俺も五十嵐と遊びたい!」
「……俺だって、二人きりで出かけたい」
「こんな野蛮な奴らよりも、保健室でゆっくりと話をする方が好きだよね?」
「俺もー。もっと深く知り合いたいなー」
「親衛隊は、相君との旅行をぜひ計画してもらいたいです!」
「それいいね。なんなら、俺が知っている無人島でも貸し切っちゃう?」
「それよりも、俺と新婚旅行なんてどうだ?」
「結婚出来るわけないのに、何を言っているんですか。俺が守りますから、好きなところに行きましょう!」
「僕と一緒に出かけてくれるって言ったよね?」
「……相お坊ちゃま、やはり私とどこか遠くへ行きませんか?」
各々が好き勝手に話し出して、収拾がつかない。
その輪の中に、長男と次男がおらず、姿を探せば少し遠いところで様子を見ていた。
表情や雰囲気が暗く、視線が合うとそらされた。
他の人達とは違い、まだ二人とは話をしていないから気まずいままだ。
これなら、早く二人と話したい。
学園に戻るよりも先に、そちらを優先するべきじゃないか。
周りのみんなごとなだめるように、手でジェスチャーをする。
「とりあえず、全部落ち着いてからでもいいか? 一旦、家に帰ろうと思っている」
驚いた表情。その中には二人もいた。
俺が避けるとでも考えたのだろうか。気まずいのはお互い様だ。
「えー。一緒に帰ってくれないのー?」
不満を言ってきたが、今回ばかりは連れていくわけにもいかない。
「帰ってくるまで、いい子で待っていてくれないか? な?」
鬼嶋だけでなく、他の人達に向けての言葉でもあった。
何か言いたげな表情をしたけど、まだ話をしていないのに思い至ったようで、反対の声は出なかった。
「出来れば、お父様とも話をしたいんだけど……まだ海外にいるのか?」
俺の事情は、いずれ伝わる。それなら、いっそ家族全員で話をしたい。
「いえ。相お坊ちゃまがいなくなったという知らせを致しましたので、恐らく帰国されているかと」
「それなら、俺は無事に見つかったから、家で待っていて欲しいと伝えてくれ。話をしたい、とも。……はじめお兄様、暁二お兄様、一緒に帰りましょう?」
「あ、ああ」
「分かった」
話をするべきなのは、向こうも分かっている。
それに俺のことだけでなく、母の話もしたい。
今何を思っているのか。俺をどう思っているのか。母をどう思っているのか。
聞きたいことは山ほどあった。
五十嵐家の車に乗って、俺、長男、次男、高坂、権守は家へと向かっている。
道中、誰も口を開くことなく、重い沈黙が流れていた。
こちらを窺う感じが伝わってくるが、ここで話すべきではないと口を閉じる。
そうなると手持ち無沙汰になり、最後には全員が窓の景色を眺めているという、おかしな光景になった。
久しぶりの屋敷、そして俺と母の別館。
話をするのにはどこがいいか考えて、俺の始まりの場所にする。
しかし、さすがに今日はもう遅い。
着いたのは深夜というよりも明け方に近くて、眠気で思考がぼんやりとしていた。
「明日、すでに今日ですが、午後二時に別館に来てください。お父様も含めて話をしましょう」
もう少し、頭がクリアな状態で話をしたい。
このままだと、感情のままにぶちまけてしまいそうだ。
それは争いを産む。
出来れば冷静に話し合いたい。
特に異論はないようで、でも何か言いたげな表情をしながら本館の自分達の部屋に行った。
「高坂、権守。明日の話し合い次第ではここにいられなくなるかもしれない。その時は……俺に着いてきてくれるか?」
「当然です。一生お仕えすると決めましたので」
「どこまでも着いていきます! 嫌だと言っても離れません!」
逃げ道を作っておくなんて、ズルいかもしれない。でもそうすることで、一人ではないという安心感を得られた。
明日どうなるにしても、俺は受け入れるつもりだ。……と思いたい。
他の人がそうであるように、家族も大事な人の枠組みの中に、いつの間にか入っていたからだ。
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