第116話 俺達の存在
「悪い……取り乱した」
「ううん、俺も混乱させるようなこと言ってごめんねー」
「いや。話してくれて良かった。なんか今まで……ずっと怖かったから」
三千花に本当のことを全部話しても、桜小路という俺の状況を知っている人間が現れても、平穏を感じることは無かった。
いつかみんなが俺を嫌悪するのではないか、その恐怖にずっと怯えていた。
「ハルちゃんに会えて良かった」
今俺を一番理解してくれているのは、鬼嶋だろう。
「俺も……あいちゃんに会えて良かった」
俺を慰めている最中、その目が赤くなっているのに気がついていた。
彼もまた怖かったはずだ。
自分がゲームの中にいて、そして何故か設定にはなかった学園で、知らないキャラとして存在していた。
狂犬と呼ばれるぐらい荒れていたのは、恐怖の裏返しだったのかもしれない。
自分の存在を刻みつけるために、わざと個性的な性格になった。そんな気がする。
「エンディングまで、逃げたら駄目だよな」
月ヶ瀬か俺、どちらが主人公にしても、俺が消えたらどんな影響が起こるか未知数だ。
やり直しがきくという証拠はないから、不確定なものを試すのは自殺行為だろう。
「俺としてはー、このままあいちゃんと、のんびりどこかで暮らすのもいいけどねー。それはたぶん無理だと思うよー」
「そうだよな。迷惑になるか」
「そういう意味じゃなくて、あいちゃんが逃げ続けられないって意味ー。自分の影響力を、もう少し評価してもいいと思うよー」
「影響力って。たしかに色々とやってきたけど、それでも大したことはしてない」
「なんか心配になってきたー。それに同情もするー。そこが魅力なのかもしれないけどー」
大きなため息を吐かれてしまった。
こういう顔はよく見る。高坂や三千花など保護者的な立ち位置の人物が、話している最中にこんな表情を浮かべていた。
「たぶんゆっくり出来るのはあと少しだからー。言い訳考えときなー。それと、自分の状況を全て話すのかどうかもねー」
「……ここがバレるのか?」
「探しているメンバーが、メンバーだからねー。俺の家も頑張っているだろうけど、今日中までだと思うよー」
俺を探しているメンバー。
おそらく心配しているだろうと考えられる人だけでも、確かに本気で探されたら、見つかるのは時間の問題だろう。
その事実に現実逃避するよりも、鬼嶋の言うようにごまかす言葉と、覚悟を決めておいた方がいい。
誰に、どこまで話すのか。
そして話をした後、どういうふうに動くのか。
「もしも拒絶されたら、その時は一緒にいてくれるか?」
「そんなことにはならないと思うけどー、もしもの時は俺と一緒にこの世界を楽しんで生きよー」
それはとても楽しそうだ。
すっかり狂犬具合が消えた鬼嶋は、本当に一緒にいると落ち着く。同居するには最高の相手だと思う。
「また、ここに来ような」
「その時は二人きりがいいけど、無理かもねー。色々なのがくっついてくる気がしてきたー」
不味いものを食べたかのように顔をしかめて、そして地面から石を持ち水面に投げた。
投げ方が良かったのか石が良かったのか、それは水面を飛ぶようにはねて、遠くまでいった。
「きっと上手くいくよー。大丈夫ー」
慰めの言葉は、すんなりと受け止められた。
そのまま俺達は湖に居続けていたが、空がオレンジ色に染まる頃、遠くの方から騒がしい音が聞こえてきた。
「まー。予想通りかなー」
鬼嶋が小さく息を吐いて、俺によりかかってくる。
「もう少し二人きりが良かったんだけどー。やだー。帰りたくないー」
いやいやと俺の腕に顔を押し付けて、抱きついてきた。
「違う形で出会えていたらって、そう思う時もあるけどー。違う世界だったら、会えていたかどうかも分からないよねー」
「どうして俺だったのか。どうしてこのゲームだったのか。それが運命ってことなんだろうな」
「神様がいるとすれば殴りたいー」
「同感だ」
しばらくは、こんな時間を過ごすことは出来なくなるだろう。
もう少しこの貴重な時間を楽しみたい。
そう考えて目を閉じたが、近づいてくる騒がしさに閉じている場合じゃないと苦笑した。
「……あいちゃんは人気者だねー」
「急にいなくなったら、このぐらいの人が探しに来るんじゃないか? 誘拐だと思われないように、いくら手紙を置いておいたとはいっても」
「俺のことを守ってくれるなら、それでいいよー」
「守るって、ゲームから?」
「うーん……今はこっちに来ている人達からかなー」
引きつったように笑う鬼嶋は、大きなため息を吐く。
「大丈夫だって。俺が全部悪いってことを伝えるから」
「そうだとしても恨まれていそうなんだよねー。元々俺に対していい感情は抱いていないだろうしー」
「もしも鬼嶋を怒ろうとしたら、俺が何とかする。俺達は運命共同体みたいなものだろう」
「それ絶対他の人の前で言わないでねー。消されそうー。そうなったら俺も全力で抵抗するから、世界を壊しちゃうかもー」
「絶対に止めような」
大げさではなく、本当に世界を壊しそうだから、鬼嶋の前でしか絶対に言わないと誓った。
騒がしさは、もうすぐそこに来ている。
さて、まずはどんな言い訳をしようか。
俺は鬼嶋の頭を撫でながら、ここに来るのを待ち構えた。
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